[4-4]王女、地質学者に会う

 意外に、中はとってもあたたかかった。

 帽子に暑いコート姿のままでは暑いくらい。


 だらだらと額に汗が流れていくのを感じて、わたしは帽子とコートを脱ぐことにした。


 ちょっとだけ涼しくなって、すっきり。

 でも、薄着になってもまだ暑く感じるのはどうしてだろう。


「寒かっただろー。いいから、ココ座れよ。茶淹れてやるからさ」


 中はシンプルな内装だった。

 木製のテーブルと椅子、奥の方にはキッチンが見える。調度品とか何もない、必要最低限のものしか置いてないって感じ。

 本棚はあるけど、本当に引っ越してきたばかりなのか少ししか本は入っていなかった。

 暖炉は小さめのものしか見当たらない。座っているだけで汗ばむほど暑いのに、どうやってここまで暖めているんだろ。


 ケイトさんはというと、もうすでに椅子に座らせられていた。

 こんなぽかぽかした暑い室内でもコートや帽子を脱がないのは、逆にすごいと思う。暑くないのかな。


 家主であるハウラさんという人は、とっても身長の高いお姉さんだった。キッチンに立って、鼻歌を歌いながらポットに茶葉を入れている。ふさふさの尻尾を揺らしていて、なんだか楽しそう。

 父さまに近いくらいの年頃で、グラスリードではまず見ない褐色の肌が印象的。額に赤いお花みたいなお化粧が珍しくて、きれいだなと思った。

 髪の間から見える耳は、ノア先生のと違って長くて大きめだ。

 きれいなプラチナブロンドのショートボブに瞳は赤だから、たぶん炎の属性のひとなんじゃないかな。


 一年中氷と雪に閉ざされたこの国過ごすことは、どれだけ防寒対策をしていてもお姉さんにとってはきついのかもしれない。


「ありがとう。突然来たのに、親切に迎えてくれて」


 目の前に取っ手のないカップを出される。

 初めてみる、白い陶器に赤いラインの入った素敵なデザインだ。


 見上げてお礼を言うと、ハウラさんはにぃっと白い歯を見せて笑った。


「いいってことよ。オレに用事があって来たんだろ?」

「うん、そうなの」


 こくこく頷いて、改めてハウラさんを見つめる。

 ボアのついた厚手の上着を羽織ってはいるものの、中に着ているものはこの辺りでは見かけない白基調の民族風衣装だ。

 使われてる食器も珍しいものだし、キリアやライさんと違って見るからに移住してきた人って感じ。


「——で、お前らは? こんな街外れに住んでるオレを訪ねて来たってことは、誰かに聞いてきたんだろ?」


 あっ、わたしってば自己紹介もまだだったわ。

 思わず背筋を伸ばして姿勢を正す。口を開くよりも前に、ケイトさんが先に話し始めた。


「ワタシはケイト、情報屋でこちらグラスリード国のティア・フェラー・ファーニヴァル王女殿下の護衛を任されている。アナタのことは王都の『雪テンの診療所』の医師ノア・スウェッタに紹介してもらったんだ」

「あー、ノアっちね。そういやグラスリードに着いて早々あまりの寒さにぶっ倒れちまって世話になったんだよなあ」

「ぶっ倒れた……」

「そうそう。オレ見たら分かると思うけど西大陸のカルスタ砂漠出身でさ、フェネックの獣人なんだよ。まさかこんなに極寒だとは思わなかったもんで、薄着のまんま来たら凍傷になりかけちまって……」

「それ危ない! 死んじゃうよ!!」


 思わず声をあげると、当の本人は声をあげて笑い始めた。


「だよなー。こんな寒いトコで暮らすのも初めてだしなかなか慣れないことも多くてさ、今ノアっちにココで暮らすための必要なモンとか方法を教わってる最中なんだ。それで、オレになにか用事があるんだろ?」

「うん。わたしを庇って怪我をしてしまった人がいるんだけど、その人を治す薬の材料にいにしえの光竜の魔石が必要なの。ハウラさんに一緒に来てもらって採掘してもらうように、ノア先生に言われたのだけど」

「なるほどな。オッケー、任せとけ! 怪我人の薬なら急いだ方がいいだろうし、早速行くか」


 カップに入ったお茶をひと息であおって、ハウラさんは立ち上がった。

 部屋の隅にかけられているもこもこしたコートを羽織ったと思ったら、突然振り返り暖炉に向かって声をかける。


「おーい、ララ。出かけるぜ!」

『んー? どっか行くのハウラ? お出かけならララも行くぅ』


 耳ではなく、声が頭に直接響く感覚には覚えがあった。


 暖炉の火の中からひょこひょこヒヨコみたいに飛び出してきたのは、長い尾羽を引きずりながら歩く赤い羽根の鳥。ハトくらいの成鳥だ。

 光を弾いてキラキラ光るその羽根をバサバサと動かして、ハウラさんに近づいていく。


「ハウラさん、その子中位精霊だよね? 名前があるってことは〝契約〟してるの?」


 子どもの頃からわたしにとって精霊は身近な存在。母さまも元精霊だからやっぱり気になる。


「お嬢詳しいのな」

「わたしはこれでも精霊使いなの。それに母さまも元精霊だから」

「なら、炎翼鳥えんよくちょうっていう中位精霊も知ってるか?」

「うん。グラスリードにはいないけど、名前だけなら」


 赤い輝きの羽根を持ち、安らぎの炎の力を持つ中位精霊。それが炎翼鳥えんよくちょうだ。

 凍るような寒さが続くこの国では、滅多に炎の精霊は見かけることがない。それが存在が希少と言われる中位精霊なら、なおさら。


「姫、契約って?」


 聞き慣れない単語だったのか、ケイトさんは首を傾げて尋ねてきた。

 そっか。精霊との契約って精霊使いや魔術師じゃないと、あんまり馴染みのない言葉なのかもしれない。


「えっと、精霊ってもともと名前を持たない存在なの。わたしたち人が精霊に名前を付けると、精霊の能力も存在する力も強くなって、名前を付けてあげた人との絆が強くなるんだって」

「……名前を付けただけで?」

「うん、そう。それくらい名前には特別な力があるの。ううん、名前を付けるという行為そのものが特別なのかも」


 母さまの名前も父さまが心を込めて考えてくれたって、何度二人から聞かされたか分からないくらい。

 それくらいわたしにとって、精霊との契約の話は耳タコだった。


『そうなの、特別なのよぅ。ララの名前はハウラが考えてくれたんだっ』


 ハウラさんの肩のあたりに登って、炎翼鳥えんよくちょうのララは嬉しそうに歌っている。


 でもこれで小さな暖炉でも、どうして家の中が暑いくらいに暖まっているのか分かった。炎の精霊のチカラだったのね。

 きっと寒がりのハウラさんのために、部屋の中だけでも暖かくしていたんだわ。


 間近に顔を合わせて、精霊と人が互いに微笑み合う光景はいつでも愛おしく感じる。

 二人は友達同士ってかんじで、とても仲が良さそう。


 若い頃の父さまと母さまも、ハウラさんとララのように仲睦まじくしあわせな時間を過ごしたのかしら。


 そう思うと、なんだかきゅっと胸がせつなくなった。

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