[4-3]王女、依頼を受ける

 ライさんが借りている家に着いてから待つこと一時間弱。

 白衣姿の先生がドアを開けて、リビングに入ってきた。


 居ても立ってもいられなくなって、わたしは先生に駆け寄る。


「ノア先生、キリアの状態はどうだった?」

「命には別状はないけれど、すぐに処置をした方がいいわね。説明するから、姫様とりあえず座りましょう」

「……うん」


 促されて、わたしは戻って椅子に座り直す。

 今、ここにいるのはライさんとケイトさん、そしてわたしの足元で寝そべっているクロ。

 キリア以外、全員集まっているということになる。

 

「端的に言って、まだ高熱が続いていて予断は許されない状況ね。本人は動けるって強がってるけど相当しんどいはずよ。毒に反応したのか、体内の精霊バランスが崩れて炎寄りになってるのね」

「精霊バランス……?」


 不思議そうな顔をして尋ねたのはライさんだ。

 彼に目を向けて、ノア先生は頷く。


「そ。まあ、私達みたいな医者とか、精霊使いや魔術師みたいな魔法専門職に関わってない限り、あんまり馴染みのない言葉かもね」


 先生は腕を組んで、ぐるりとわたしたちを見回す。

 髪の間からはみ出ている小さな獣耳が、ピクリと動いた。


「種族に関わらず、人の身体は精霊達の助けによって生命を維持してるの。私達個人の属性だって、体内で巡っている精霊の特徴によって決まるのよ。だけど、今回みたいに体にとって良くないものが中に入っちゃうと、そのバランスが崩れてしまうことがあるの」

「……そのバランスが崩れてしまうと、どうなるんだ?」


 次に質問したのはケイトさんだ。

 細い指を顎に添えて、先生は眉を寄せて難しそうな顔をする。


「キリアの場合は高熱で済んでるけど、もっとひどい症状だと五感が働かなくなるわ。手足が動かなくなったり、目が見えなくなったり……」


 た、大変!

 キリアはわたしのために怪我をしたのに、そんなのダメ!!


「ノア先生っ、どうしたら良くなるの!?」

「精霊バランスを整える薬は処方できるんだけど、それだと回復に時間がかかっちゃうのよね。一刻も早く回復することをキリア本人も望んでるみたいだし、姫様のことを考えると騎士の彼がゆっくり療養してるのも危険だわ。だから、今回はちょっと特別な薬を作って一日で完治させようと思ってるの」

「一日で!?」


 普通の風邪でも、わたしは熱が引くのに何日もかかるっているのにまさか一日で完治を目指すだなんて。

 ケイトさんが紹介するだけあって、ノア先生ってとっても腕のいいお医者さまなのかも!


「ただ、特殊な素材が必要でね。私は患者を診てなきゃいけないし、誰かに採ってきてもらいたいんだけど……」

「わたし行きます!」


 すかさず挙手をして立ち上がる。

 そんなわたしの行動が予想外だったのか、ライさんとケイトさんは目を丸くした。


「いやいやいや! 姫様に行かせるくらいならオレが行くって!」

「ライの言うとおりだ、姫。アナタは狙われているんだし、外に出るのは危険だろう」

「あら、別にいいんじゃない。護衛ならクロがいるんだし、心配ならキミたちのどちらかが姫様と一緒に行ってきたら?」


 頬杖をついて、くすくすと笑みをこぼすノア先生。

 テーブルの下から薄いグレーの毛並みの尻尾が、ゆらりと機嫌よく揺れている。


 クロもだけど獣人さんの尻尾って、ふわふわしていてとってもかわいい。


「だって姫様、行きたいんでしょう?」

「ふぇ!?」


 急に話を振られて、素っ頓狂な声を出してしまう。

 しまった。つい尻尾に気を取られてた。


 誤魔化してるわけじゃないけど、焦ってこくこくと頷く。


「う、うん。行きたい! わたしを庇って怪我をしたんだもの。キリアのために何でもしてあげたいのっ」


 ちょっとおつかいに行ってくるようなものだし、こんなこと彼がわたしにしてくれたことに対して恩返しにすらならないかもしれない。

 でも、誰かに任せっきりで何もしないのも嫌だと思った。


『その心意気とても立派だと思います。それならボクは全力で姫さまをサポートし、お守りするまでです!』


 むくりと起き上がって、クロは尻尾を振りながらそう言ってくれた。


 その言葉がうれしくて、思わず黒い毛並みの頭にそっと触れて撫でてみる。

 あたたかくはないけど、もふもふしてて触り心地がいい。

 クロもにぱーっと口を開けて笑っていて、なんだか嬉しそう。


「じゃ、決まりね。まあ、採取場所は王都の郊外だから、街の中よりは危険がないと思うわよ?」

「じゃあ、今度はケイトが姫様について行ってやれよ。オレはここに残ってキリアとノアの護衛をするからさ」

「分かった」


 とんとん拍子に話が決まっていく。

 ケイトさんは手帳になにかを書きつけていたみたいだけど、ふと手を止めてノア先生を見た。


「そういえば、採取する素材ってどんなものなんだ?」


 質問を受けて、先生はにこりと笑った。

 椅子の隙間から出てる薄いグレーの尻尾をひと振りして、手のひらサイズの紙をテーブルの上に滑らせる。


「向かう場所は、王都の西にある遺跡。素材は、いにしえの竜が遺したといわれる光竜こうりゅうの魔石よ」




 * * *




『姫さま、いにしえの竜って何ですか?』


 雪がちらつき始める中、クロが尋ねてきた。

 凍り始めた地面の上でも彼は軽快な足取りで歩く。犬の姿だからかな。ちょっと羨ましい。


 記憶をめぐらせながら、わたしはさしていた傘の柄を握り直す。


「えっと、太古の昔……ううん、この世界が創られた初めから存在していると言われている存在よ。でも幻獣の竜とは違うみたいで、からだの造りが精霊に近い生き物なの」

「魔物やモンスターのような類とは別ということだな」


 ケイトさんの言葉に頷く。


「知能が高くて言葉を交わせるし、わたしたちみたいな心も持っているのよ。わたしは会ったことないけど、前に読んだ専門書にはそう書かれていたわ。そういう意味ではわたしたち人や精霊達とそんなに違いはないのかも?」

『なるほど。それなら、姫さまに危険はなさそうです。でも知りませんでした。このグラスリードにも昔はいにしえの竜が存在していたなんて』

「うん、わたしもびっくり。ノア先生の話では、その竜はどこかに移り住んでしまったから、もういないみたいだけど……」


 わたしが生まれるよりずっと前、この島国にはいにしえの光竜が暮らしていたらしい。

 これから向かう場所はその竜が掘った巣穴で、そこに魔石があるということだった。


 たしか光の属性は癒しの効果が高い魔法が多いけれど、石って薬の材料になるのかしら。


 うーん、まったく想像できない。

 お医者さまの技術ってさっぱりだわ。

 キリアだったら、わたしよりも分かったりするのかな。


「あっ、でも遺跡に行く前に、賢者さまに会わなくちゃいけないのよね?」

「そうだ。えーと、ノアの書いたメモによると、ハウラ・バスィーマという名前の地質学者だな。調査のために最近グラスリードに移住してきたばかりの獣人だそうだ。遺跡の近くに小屋を建てて住んでいるらしい」


 ノア先生に続いて、また獣人さん!


 移り住んできたってことは、キリアやライさんみたいに他国から来たってことよね。

 一体、どんな人なんだろう。


「地質学者ってことは遺跡のことにも詳しいのかな?」

「たぶん、そうだと思う。巣穴に入って魔石を採掘しなくちゃいけないから、専門家の助言が必要なんだろう」

『ノアさんが紹介する人ですから、おそらく危険人物ではないでしょう。道中さえ気を付ければ問題ありません』


 黒い毛並みの上に落ちる雪を全然気にせず、少し前を行くクロは尻尾をピンとたてていて、顔をしゃんと上げている。

 なんか張り切っているみたい。


「ここ、だな」


 周りに建物がない閑散とした雪景色を背景に、丸太小屋がぽつんと建っていた。

 窓は二重じゃないし玄関もドア一枚だけ。

 王都にある頑丈そうな建物とは違って、なんだか危うげな印象を覚える。


「本当に、ここに住んでるんだよな……?」


 ケイトさんがそう言うのも無理はない。

 それほどまでに小屋は簡素な作りをしていた。だけど、一応小さな煙突からはもくもくと煙が立ち上ってるし、住んではいるみたい。


 ひとまずわたしは後ろに下がり、ケイトさんが手袋を外して三回ノックする。


 しばらくしてから物音が聞こえて、ガチャリと扉が開いた。


「うわ、寒っ!」


 出てくるなり、両手を抱えてうずくまってしまった。

 さすがのケイトさんも困った顔をしていて、呆然と見ている。

 

 そんなに寒いかしら。たしかに雪は降っている、けど。


「つかぬことを伺うが、アナタはハウラ・バスィーマさんで合っているだろうか?」

「え、何。お前ら客!? とりあえず中入れよっ」

「わっ、ちょっ……!」


 立ち上がるなり、ケイトさんが小屋の中に引っ張りこまれてしまった。

 突然すぎたのか悲鳴が聞こえたんだけど、大丈夫かしら?


『姫さま、中に入れていただけるみたいですし、ボクたちも行きましょう』

「う、うん」


 どんな時もクロは冷静だ。ううん、マイペースともいうのかな?

 にこやかに笑う彼を見て頷いてから、わたしは傘をたたんで中に入らせてもらった。

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