[4-2]王女、医者に会う
どうしよう。
まさか、王女だと早速バレてしまうなんて!
ロディ兄さまが王様になってから、街の人たちがどんな様子でいるのか全然分からない。
もしも、お城に突き出されるようになったら、もう今度こそ終わりだ。
クロはそばにいてくれてるけど、今は犬の姿だし……。
「うわぁ、雪みたいな真っ白な髪サラサラしてる! 顔小さくて可愛いし、淡いブルーの瞳もきれい! 噂では聞いてたけど、ほんとにお人形さんみたいっ」
身を乗り出したまま、お姉さんは口元を両手で覆って叫び始めた。
え、ええと。
とりあえず突き出される心配はない、のかな?
隣のクロを見れば、床に座ってどこか得意げに胸を張っているように見えた。
ブンブンと機嫌が良さそうに尻尾を振ってる。
彼が警戒しないなら、大丈夫ってことなのかしら。
「患者さんに姿絵を何回か見せてもらったことはあるけど、やっぱりホンモノは違うわねー。あ、でも生まれつき病弱でベッドに伏せりがちって話だったけど、顔色も良好! 元気そうで良かったわぁ」
「あ、あのぅ……」
「はっ! 私ってば、王女様にタメ口きいてた!! ごめんなさいっ」
「えと、それは別にいいんだけど。わたしのために怪我をした人がいて、その人をお医者さまに診てもらいたいの」
わたしを見るつり目がちの大きな瞳はキラキラ輝いていて、悪意なんて感じなかった。
思いきって話を切り出してみると、お姉さんの笑顔が消え、すぅっと真剣な顔になる。
「なにか訳ありみたいですね。姫様、奥に応接室があるから、そこでゆっくり話を聞きましょうか」
そう言ってくれたから、わたしも安心して頷いた。
「なるほどねー。それにしても姫様が無事でほんとうに良かったわ」
顔を綻ばせて、お姉さんはそう言ってくれた。
診療所の奥にある応接室は上品な作りになっていて、座り心地のいい革張りのソファが置かれている。
中央の低いテーブルの上に、白い陶器のカップを三つ並べてくれた。
本当はクロの分も用意してくれたんだけど、『ボクの分は必要ないので大丈夫です』と断ってしまった。
クロのことは、初めに驚かせないようにざっくりとだけど言葉の話せる犬だと話してある。
でもお姉さんは精霊の仲間かなにかと思ってたみたいで、そんなには驚かなかった。
湯気の立つカップを覗き込むと小さな葉っぱが浮かんでいる。
中に入ってるのは紅茶、かな。
でもそれにしては変わった香りがする。
「ハーブティーよ。ファーレの森で採った薬草で作ったの。身体にとっても良いのよ。姫様のお口に合うかどうかは分からないけど、どうぞ。——って、私また敬語忘れたっ」
「ふふっ、お姉さんの話しやすい言葉で大丈夫よ。父さまが退位した今、わたしは王女ではないんだし」
「もうそんなこと言わないのっ! 私や私の家族、この診療所に通う患者さんたちみんなにとっての国王陛下は、ユミル様なんだから」
その言葉を聞いて、胸がじぃんとあたたかくなる。
ユミル様というのは、父さまの名前だ。
追い出されてもう少しで死ぬところだったわたしだけど、王都に戻ってきて良かった。
まだ父さまのことを支持してくれているグラスリードの民が、一人どころか何人もいるだなんて。
「……ん。ありがとう、お姉さん」
「どういたしまして。って、私ってば自己紹介もまだだったわね。ノア・スウェッタ、ここ〝雪テンの診療所〟の医師の一人よ」
白衣を着てなかったから受付のお姉さんかと思ったけど、お医者さまだったのね。
「あの、往診は大丈夫そうかしら。毒は抜いてるから大丈夫なんだけど、まだ高熱が続いてるの」
「詳しくは診てみないと分からないけれど、たぶん体内の精霊バランスが崩れてるのかもしれないわね。熱が出てるってことは炎の精霊が活発になってるのかしら。往診なら大丈夫よ。ちょっと父さんに
にこりと笑って、ノア先生は立ち上がった。
そこで、今まで黙り込んだままでいたライさんが突然声をかける。
「本当に大丈夫か? 患者は吸血鬼の魔族なんだぜ?」
ライさんも魔族だから、ノア先生のことを気遣ってくれてるのかな。
それとも今朝にケイトさんに言われたことを気にしてる、とか?
だけど、ノア先生はライさんに怖がるそぶりを見せなかった。
くるりと振り返り、プッと吹き出す。
よほどツボにはまったのか、おかしそうにくすくすと笑い始めた。
「んもう、キミは大げさねー。グラスリードは人間の王様が治める国だけど、国民の中には魔族だっているのよ? それに、そもそも政変起こしたロディ様だって魔族じゃない。魔族でも人間でも獣人でも、平等に診察するのが医者ってものよ」
* * *
「なあ、姫様。ロディが魔族だってことは知ってたけど、グラスリードに魔族って結構いたりするのか?」
ノア先生と一緒に帰る道すがら、ライさんが突然尋ねてきた。
なぜかライさんはノア先生とは距離を取っていて、わたしのすぐ隣にいる。
そんな彼の行動になにか察したのか、クロは先生の隣を移動してとことこ歩いてる。会話が弾んでいるのか、楽しそうな笑い声が時々聞こえてきた。
「そういえば、ライさん知らないんだっけ? うちは他種族混合国家なのよ。ロディ兄さまは人狼の魔族で、父さまの兄の息子なの」
「へぇ、そうなのか。兄、ねぇ……。普通長男が王位を継ぐもんだと思うんだけど、弟の方が王位を継ぐなんて珍しいな」
「うん。そうかもしれないけど、伯父さまは魔族だったから王様にはなれなかったのよ」
彼が本当にどこかの国の貴族なら、きっともう察しているだろう。
こくりと頷いて、わたしは続きを話す。
「さっきノア先生も言ってたけど、グラスリードは人間の王が治める国なの。この伝統は昔から続いていて、ずっと変わらない。魔族は王様にはなれないわ。だから、人間の父さまが王位を継いだの」
「国王の兄君はどうしてるんだ?」
「病気で二年くらい前に亡くなられたの。公爵の位はロディ兄さまが継いだって聞いたわ」
「……なるほどな。動機としてはおかしくない、か」
人間よりも強い力を持っているのに、魔族は王になれない。
でもこの伝統は人間や獣人たちを守る役目も担っているのよね。
グラスリードの外、広い大陸を治めている国の中には、他種族狩りを奨励している魔族の王様がいるって聞いたことがある。
もしもグラスリードでも魔族が王様になって、自分達以外の種族を襲うようになってしまったら……。
そう考える人は少なくない。
もちろんキリアやライさんのように、魔族の中にはわたしたち人間や獣人にも優しくしてくれる人がいることは分かってる。
そもそも、ロディ兄さまだってその一人だった、はずなのに。
——ティア、僕は王になりたいなんて思ったことはないよ。グラスリードのために、きみや叔父上の支えになれればそれでいいんだ。
ずっと前に、人間にしか王位を継げないことを知って、びっくりした。
王様になりたいと思わないのかと思わず聞いたら、彼は笑ってそう答えた。
考えるそぶりも見せず、即答だった。
けど、兄さまは実際に裏切ってわたしを二度も殺そうとした。
今では玉座を乗っ取って、国を震撼させ大きな影響を与えようとしている。
実際、クローディアスにまで手をかけてしまった。
疑いの余地のない国の反逆者。
だけど、わたしはどうしても未だに信じられないでいる。
熱を出すたびにお見舞いに来てくれたあの心優しい兄さまが、まるで別人みたいに冷徹になるだなんて。
きっと、何かあったに違いない。
考えても仕方ないかもしれないけれど、そう思えて仕方ないの。
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