3章 追放王女は墓地へ行く

[3-1]王女、手をつないで前へ進む

「姫様のことは、僕が必ずお守りしますから!」


 ふわふわとした淡い色の背景をバックに、元気のいいクローディアスの声がとても鮮明に残っている。


 キラキラと輝く笑顔。

 いつもなら笑って返すのに、夢の中のわたしは彼の前で泣いてしまった。




 * * *




 寝起きはあまり良くなかった。

 もともと起きてすぐはローテンションなわたしだけど、この日は特に気分が沈んでいた。


 よりにもよって、クローディアスの夢を見るだなんて。


 まるで、もうこの世界に彼がいないみたいじゃない。


「おはよう、姫様。昨日はよく眠れた?」


 顔を洗って一通り身支度を調えた頃、タイミングよくキリアが部屋を訪ねてくる。

 頷かず、曖昧に「まあ、それなりには」と返事をしたら、彼は眉を下げて心配そうにのぞき込んできた。


「何かあった?」


 キリアの声や表情にはわたしへの気遣いがあふれていて、こんな大変な状況なのに、胸がキュンとした。

 さっきまで重りみたいだった心がふわっと浮き上がる。


 ほんと、わたしってば単純なんだから。


「別に何もないけど、見た夢があまり良くなかっただけ」


 直接顔を見れないくらい恥ずかしくて、うつむいて答えちゃった。

 どう思ったのかは分からないけど、キリアは「そっか」とだけ返事する。


「昨日の今日だからね。仕方ないよ、姫様。まだきみの騎士が死んだと決まったわけじゃないんだし」


 そう、キリアの言う通りだ。クローディアスが殺されたという噂しか聞いていないって、昨夜ケイトさんも言ってたし。

 だから、彼の生死を確かめに墓地に行くって自分から言い出したんじゃない。


 悪いことばかり考えていたから、夢見が悪かったのかも。


「ん、ありがと」

「どういたしまして。食堂に下りて朝食を一緒にとろうか。……あれ、ケイト嬢はもういないのかい?」


 そっと顔を上げると、きょろきょろと部屋を見渡した後、キリアは不思議そうに首を傾げていた。

 いつもキリッとしているだけに、不意に見せるきょとんとした顔がかわいい――、と思っちゃうなんて、わたし末期かしら。


「うん。起きたらもういなかったの」

「ライがまた仕事頼んだのかな? まあ、いいや。じゃあ行こうか、姫様」


 自然な動作ですっと手を差し出されるのを、わたしはキリアの手に自分の手を重ねてきゅっと握る。

 ようやくこの対応にも慣れてきた、気がする。


 手を引かれて隣を歩きながら、キリアはそのままわたしの手を握り返してくれた。


「姫様」


 思わず顔を上げれば、にこにこと笑った彼の顔。


「大丈夫だよ。どんなことが待ち受けていたって、俺がそばにいてきみを必ず守るから」


 完全な不意打ちだった。


 くらりと目眩がして、足がよろめく。

 暖房の効いていない廊下だというのに、一気に顔が熱くなった。

 

 前言撤回。

 やっぱり、キリアのこういうところは、まだまだ慣れそうにない。




 * * *




 朝食は目玉焼きとトーストが出た。あとはリンゴジュース。

 リンゴは好きだからとっても嬉しかった。


 永久凍土であまり作物が育ちにくい環境のグラスリードだけど、他の国に唯一誇れる名産がリンゴなんだよね。


 どのリンゴも蜜が入っていておいしいの。

 そのまま食べてもいいし、ジュースにして売っているお店もあるみたい。

 前に聞いた話では、仕事熱心な商人たちがいつの間にかリンゴ酒を開発してたみたいで、それが他国でも大人気なんだって。


 最近国に来たばかりらしいキリアも、リンゴが名産ってことは知ってたみたいで「グラスリード産のリンゴはやっぱりおいしいね」と言ってくれた。

 自分の国のことだからこそ、褒めてもらえて嬉しかった。






 外を出ると、雪はやんでいた。

 綿の詰まった厚手のブーツを履いて、キリアと二人ぎしぎしと進んでいく。


「そういえばライさん見かけなかったけど、どうしたのかな?」

「ん? ああ、ライね……。俺の顔見たくなかったみたいで、朝早く出かけちゃったみたいだよ」

「ええっ、大丈夫? 喧嘩したの?」


 昨夜会ったばかりで少ししか話してないけど、キリアとライさん仲が良さそうだったのにな。


「喧嘩というほどではないから大丈夫。姫様に心配させるようなことは、何もしてないから」

「それなら、いいけど」


 分かっているつもりではいたけど、基本的にキリアは周りに人がいない時は「姫様」と呼んで、食堂にいた時みたいに「ティア様」とは呼んでくれない。

 ライさんやケイトさんもわたしのことを「姫」って呼ぶし、キリアの対応も当たり前だと分かっているんだけど、なんだか寂しい。


「それより姫様、もうすぐ街の外に出るから気をつけて。俺から離れないでね」


 厚い手袋越しに握る手に力が込められた、気がした。


 いつになく真剣な声。

 もしかしたらわたしだけじゃなくキリアも、墓地へ行くのは怖いのかもしれない。


 こくりと頷いて、わたしもキリアの手を握り返す。


 顔を上げて前を向きながら、慎重に歩いて行った。




 * * *




 王都を出てから南に進んだところにはファーレの森がある。

 そこには獣人族の人たちが住んでいて、森を管理してくれているらしい。


 わたしたちが向かっているラヴィーネ墓地は森のふもとにあるの。


 到着したのは、たぶんお昼にさしかかろうとしていた時間だった。


 そこは集合墓地で、土地を持っていない一般の国民や身元が分からない人、身寄りのない人が埋葬されている。

 もともとは国が所有していた土地だったんだけど、父さまが国民のために建てた場所だった。


「集合墓地と言うだけはあるね。本当にクローディアスの墓があるのか、ひとつひとつ確かめるより他はないかな」

「そうね……」


 キリアの提案に頷きつつも、それは途方もない作業のように思えてしまう。


 クローディアスのお墓がないことを祈りながら見て回るのって、精神的にかなりしんどい。


 でも、墓地に行ってクローディアスが本当に殺されたのか確かめたいと言い出したのはわたしだ。

 へこたれてなんかいられない。


「キリア、わたし頑張るわ。ちゃんと自分の目で確かめたいし」

「そう、分かった。時間が許す限り、二人で確かめようか」


 あまり長い時間は姫様の身体にさわるから無理だけどね、と、キリアは笑って付け足す。


 主治医らしいその言葉にくすりと笑い、「うん」と返事しようとした、その時だった。


「その必要はないよ」


 わたしでもキリアでもない、誰かの声が聞こえた。


 ううん、誰かなのかわたしには分かっていた。聞き覚えのある声だったから。


 ちらちらと降り始めた雪の中、そのひとは樹木の影から現れる。


 月の光を思わせる薄い金色の髪に、優しげに細める琥珀色の瞳。

 そして魔族特有の尖った耳。

 白ベースの立ち襟の宮廷服に身を包んだそのひとは――。


「……ロディ、兄さま」


 ぽつりと名前を呼ぶと、ロディ兄さまは影のように暗い笑みを浮かべたのだった。  

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