[2-5]吸血鬼騎士は友人に少しキレる

 確認しておきたいことがあって、宿の主人と話をしていたら夜はすっかりふけてしまった。

 眠る前に姫様の様子を見ておきたかったけれど、仕方ない。深夜に女性の部屋を訪問するなんて失礼だし、きっともう眠っているだろう。


 そう結論づけた後、夕食の後に見た彼女の涙が脳裏によぎる。


 ――眠れて、いるんだろうか。


 後ろ髪を引かれる思いだったけれど、結局借りている部屋に戻ってきてしまった。

 姫様の部屋にはケイトもいる。女性のようだから同室だし、かえって安心だろう。

 一人だと、きっと心細かったに違いないから。


「遅かったじゃねえか」


 部屋の扉を開けるとライに出迎えられた。

 濃い輝きをもつ金髪に緑の瞳をもつ彼とは、付き合いの長い友人だ。


 なぜ彼が俺の部屋にいるのかというと、同じ部屋を取っていたから。


 実を言うと、俺もライもあまり手持ちがない。

 一文無しというほどではないけれど、なるべくかかる費用はおさえておきたいところだ。これからのことに備えておきたいし、そういう諸々の事情を考え合わせた上で、個室を取るのをやめたのだった。


「ラヴィーネ墓地の場所を宿の主人に聞いてきたんだよ。姫様は知ってるだろうけど、俺もちゃんと道順を知っておきたかったからね」

「ふぅん。じゃあ、明日おまえが姫様の護衛するんだな?」

「一応はそのつもりだよ。何があっても守るって決めたから」

「へぇ、決めた……ねぇ」


 にやりと口角を上げて、ライが笑う。


「キリアって、姫様のことどう思ってんだ?」


 突然何を聞いてくるかと思えば。

 思わずため息をつく。


「どうって……。ライは何が言いたいのかな?」

「だって、キリアがここまで入れ込むのは珍しくね? 前の国では、女性にここまで超親切にしたことなかっただろ」

「だからきみにも説明しただろ? とある人に姫様のことを頼まれたんだよ。まあ、その人については他言しないように言われてるから、ライにも話せないけどね」

「ふーん」


 親友はまだにやけ顔をやめるつもりはないようだ。

 これは完全に面白がってるな。


「それに、俺たちがいた国はみんな魔族だっただろう? それに比べると人間は脆いし、弱い。姫様もそう。だけど、彼女は死ぬような目に遭っても、健気に国を取り戻そうと頑張っている。だから俺も助けてあげたいと思ったんだよ」


 これは本心だ。

 今まで俺と行動を共にしてきたライなら分かってくれるとは思うの、だけど。


「まあ、おまえがこの国を心配してるのも分かるけどさ。それに、国を乗っ取ったやつは魔族らしいしなー」

「そうだよ。このまま放置しておくと、この国もいずれ崩壊の道をたどることになる。俺たちの故郷――イージス帝国のように」


 口をつぐみ、ライは真顔になって「そうだな」と短く返した。

 ようやく話を逸らすことに成功したみたいだ。


「それはそうと、ライ。姫様に自分の家名とか、俺たちがグラスリードの国民じゃないこととか安易にバラしたらだめじゃないか」


 そうそう。これについては、彼に注意しておきたかったんだった。

 腕を組んで軽く睨めば、ライは不思議そうに首を傾げる。


「ええー、なんでだよ。変に隠すより、身元が分かってた方が姫様安心するじゃん」

「俺たちがグラスリードとは関係のないことが知れたら、姫様の不安をあおるだけだろ。現時点で俺たちは国民証を持っていない、なんだから」

「べつに悪いことして国に追われてるわけじゃねえだろ? 探られてまずいことはやってねえし」

「そうだとしても、ただでさえ傷ついていて、今は心が揺れやすいんだ。あんまり姫様に負担をかけない方がいいよ」


 きっぱりと言うと、まだ納得していないのか、ライは首をひねって唸っている。

 しばらくそうしているのを眺めていたら、ふと目が合った途端、またにんまりと笑い始めた。


「やけにこだわるじゃねえか。やっぱり姫様のこと、気になってんだろ」

「……ライ、いい加減にしないとよ?」


 少しだけ声を低くして、怒りを込めてみる。

 さすがにこの言葉は効いたのか、親友の顔色がさあっと青くなる。


「じょ、冗談言うなよ。ちょっとからかっただけじゃん」

「きみがしつこいからだよ。本気で怖がっているケイト嬢への接し方も大問題だったことだし、一度お仕置きが必要だね」


 にっこりと笑って、一歩近づいてみる。

 面白いくらいに顔を強張らせ、ライは一歩後退した。


「同じ魔族でも、きみは魔獣系――グリフォンの魔族だからねえ。他の種族ほどじゃないけど、結構血はおいしいんだよ?」

「いや、キリア。そんなマジな目すんなって! マジで怖いから!!」

「大丈夫。きみのことは可愛いと思ってる。だから噛むことに何のためらいもないよ」

「そういう心配してねえから! 姫様を噛めないからってオレに向かわなくてもいいだろ!?」

「うるさい」


 じりじりと近づいて、とどめに目に力を込めてライの動きを封じる。

 俺のような吸血鬼の魔族には目に魔力を持っていて、ちょっと力を込めれば金縛りにしてしまうことができるんだ。


 凄んだ笑みを向けて、俺はそのまま――ライの手首を軽く噛んでやった。


 そのまま動けなくなったライをベッドに放り込んで、俺は自分のベッドに潜り込んで目を閉じる。


 少し痛い目を見れば、しばらくは姫様のことでからかってくるのをやめるだろう。


 明日は早いし、やることが山ほどある。墓地へ行く姫様の護衛をしなければならない。

 早く寝て備えなければ。

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