[2-4]王女、報告を聞く

「国王陛下の安否だが、国王は無事だ」

「本当!?」


 思わず椅子から立ち上がって、大きな声をあげてしまった。

 でも誰もわたしをとがめたりはしなくて、ケイトさんも少しだけ口元を緩めて笑ってくれる。


「本当だよ。文官や使用人たちに危害を加えられないように、城に踏み込まれた時点で抵抗せずに投了したらしい。今は地下に監禁されているが、とりあえずは無事だ」


 最悪の想像をしていただけに、ホッとした。

 滅多に怒ったところなんか見たことがない、いつも優しい父さま。

 無事で、よかった……。


「ただ――、」


 視線を落として、ケイトさんは神妙な顔になる。

 どきり、と心臓が波打ち、思わず手を握りしめた。


「王妃の姿は見かけなかった。城内にいる他の者たちも知らないみたいだったし、今は行方不明らしい」

「行方、不明……」

「安否を確認できなかったのは申し訳ないが、ワタシとしては王妃のことはあまり心配ないと考えている。少し調べさせてもらったが――、姫アナタは〝精霊の子〟なんだろう?」


 彼女の問いかけに、わたしは頷いて答える。

 するとケイトさんの隣に座っていたライさんが声をあげた。


「精霊の子……、ってなんだ?」

「そのままの通り精霊の子どもということだよ、ライ。と言っても、俺はそんなにくわしくないけど、人の姿を取ることのできる精霊がいることは、ライも知っているだろう?」

「ああ、そりゃ知ってるさ。中位精霊のことだろ?」

「……その中位精霊は人と愛し合うことによって、人になることができるの」


 続きを引き取って、わたしが答える。


 キリアやケイトさんが話すよりも、わたし本人が話した方がいい気がした。

 顔を上げて、まっすぐライさんを見つめる。


「ケイトさんの言うとおり、わたしの母は元精霊なの。グラスリードの近海に棲んでいた人魚マーメイドだったって聞いたことがあるわ」

「そうか。それなら、あえて国王陛下が海へ逃がしたとも考えられるな」

「うん。母さまにとって海は一番安全だから」


 もしも海へ逃げたのなら、何の問題もないだろう。海は母さまにとって庭みたいなものだから。少しホッとした。


「クーデターの主犯については分かったのか?」

「ああ、すぐに突き止められた。なにせ、新国王として城を制圧した男だからな。……大方予想はついているだろうが、主犯は国王のおい――姫、アナタの従兄だったよ」

「やっぱり、ロディ兄さまなのね」


 覚悟はしていたけれど、これで確定した。

 わたしを海に突き落とした時、もうすでにロディ兄さまによる政変はすでに始まっていたんだ。


 胸は痛むけど、悲しくはない。


 それよりもひとつだけ、まだ気がかりなことがある。


「あの、ケイトさん……。わたしの護衛をしてくれていた騎士にクローディアスという人がいるんだけど、彼について何か知らないかしら?」

「ああ、そのことなんだが……」


 目を泳がせた後、ケイトさんはため息をついた。

 その様子から見て、嫌な予感を覚える。


「それについては悪い知らせなんだ。そのクローディアスというアナタくらいの年若い騎士は、拘束された後、処刑されたらしい」

「――え」


 突然、目の前が真っ白になった。


 うそ。

 クローディアスが、死んだ……?


「どうして、そんな……っ。一体、いつ!?」


 ううん、そんなこと聞きたいんじゃない。

 いつクローディアスが捕まったかなんて、そんなのわたしがロディ兄さまに突き落とされた時よりも前に決まってる。


 そうよ。

 どうして気づかなかったの!?

 わたしの身に危険が及ぶ時はいつだって、彼は騎士として駆けつけてくれてたじゃない。


 クローディアスが勝手にいなくなるはずがないと分かっていながら、わたしは今まで彼のことを考えないようにしていた。


 そのうち分かるだろう――、って脳天気なことを考えていたの。


 なんてひどい主人あるじなのかしら。


「処刑されたってことは、確証がないっていうことかな?」


 ぼんやりとした頭の隅でキリアの声が聞こえた。

 その問いに対して、ケイトさんは首肯する。


「実はそうなんだ。誰もその騎士が殺されているところを見ていない。ただ、気がついたら姿が消えていたみたいで」

「じゃあ、殺されていないかもしれないってこと!?」


 すがる思いでケイトさんの二藍ふたあい色の瞳を見つめる。

 彼女は再び目を泳がせた後、視線を落とした。


「……それは分からない。彼に関しては情報は少なくて。事情を知ってそうなのは地下に監禁されている国王くらいなんだが、警備が厳重すぎて近づけなかったんだ。ただ、噂によると遺体はラヴィーネ墓地に葬られたという話みたいだけど」


 ラヴィーネ墓地。その名前には聞き覚えがある。

 王都の郊外に広がっているファーレの森、その近くにある集合墓地だ。

 場所もちゃんと覚えてる。


「姫様はどうしたい?」


 ふと気がつくと、キリアがそばまで近づいていた。

 棒立ちのまま俯いているわたしに視線を向けて、穏やかに微笑んでくれている。


 見上げて彼の顔を見た途端、視界がぐにゃりと歪んだ。


 いつも不思議に思う。どうしてこんなにも心が震えて不安でたまらないのに、彼の声を聞くと安心するのだろう。


 キリアは今回も、わたしがどうしたいのか聞いてくれている。

 わたしの好きなように、選ばせてくれる。


 どうしたいか、なんて決まってる。


 いつだって、どんな時でもわたしは、なにもかも諦めたくない。


「クローディアスが死んだなんて信じたくない。本当は生きているかもしれないわ。だから、確かめに行きたいの」

「分かった。大丈夫、俺にまかせて。明日にでも一緒にラヴィーネ墓地へ行こう」


 そっとキリアはわたしの顔に触れて、指先で目元を拭ってくれた。

 その仕草で、涙を拭ってくれたのだと気づく。


 かき乱されていた心が、たったそれだけのことで落ち着いてくる。


 それでも声にならなくて、こくりと頷いた。

 うつむいたら、ぽたぽたと目からしずくが落ちて、床板をぬらした。

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