[2-3]王女、赤いシチューを食べる

 よく考えてみれば、お城の外で食事をするのは初めてだった。


 こういうお店は慣れているのか、ライさんは「適当に頼むけどいいよな」とか言って、お店の人と何度か言葉を交わしてしばらく待ったあと。


 運ばれてきたものに、わたしは面食らった。


「赤い……」


 深みのあるお皿にスプーンが添えられているから、たぶんシチューなんだろうけど、湯気の立つそれは赤かった。

 とても真っ赤だ。お城で見る分厚い絨毯みたいに真っ赤っか。


 これって食べれる……のかな。

 でも食べれるからこうやって調理して運ばれているわけだし。


「ティア嬢、火焔菜かえんさいのシチューはひょっとして初めてか?」


 一緒に運ばれてきたパンを頬張りながら、ライさんが尋ねてきた。

 頷くと、彼は食べてるものを飲み込んでからからりと笑う。


「そっかー。このシチューって、たぶんグラスリードの庶民的な料理なんだろうなー。オレも最初この赤いの見た時はビックリしたもんだぜ。でも意外と辛くないしあったまるんだよなぁ」

「えっ、ライさんってグラスリードの国民じゃないの?」

「実はそうなんだ。オレもキリアも、最近こっちに来たんだぜ」


 きっちりした格好をしてるからグラスリードの貴族の誰かだと思ってたけど、違うみたい。

 旅行者とか旅人、なのかな……?


 そういえば、わたしったら自分のことばかり考えていたけれど、キリアのこと何も知らない。


 あんまり親身になって、話を聞いてくれるし親切にしてくれるから勘違いしてた。

 グラスリードの国民でもないのに、頼ってしまっていいのかな。


「ライ、余計なことは言わなくていいよ」

「余計なことじゃないだろ。身元をはっきりさせておくことは、ティア嬢にとっても安心できる要素になるわけだしさ」

「……まったく。きみは自由だよねぇ」


 深いため息ひとつ、隣から聞こえてくる。


 こうして言葉を交わしている間も、ケイトさんは静かに食事をしていた。

 ちなみにこうしている今も帽子やコートを脱がないままだ。店内はそんなに寒さを感じないんだけど、ケイトさんは寒がりなのかな?


「ティア様、火焔菜かえんさいのシチューは肉と野菜が多めでとても温まる料理なんだ。こんなに赤いけどおいしいから食べてみて」

「う、うん」


 キリアの言葉に頷いて、スプーンを手に取る。

 シチューをすくって口に運ぼうとした時、わたしはようやくはたと気がついた。


 ちょっと待って。

 今、「ティア様」って名前で呼ばなかった!?


 ここはがやがやと賑わう、人がたくさん集まる食堂。

 うかつに「姫様」と呼ぼうものなら、すぐにわたしがグラスリードの王女だとバレてしまう。国を父さま以外の誰かに乗っ取られている今の現状では、わたしの正体がバレないようにした方がいい。

 ライさんだって、わたしを「ティア嬢」って呼んでるし。


 そういう事情があるのは分かってる。

 でもでも、すっごく嬉しいのっ!


 どうしてだろう。

 ただ呼び方が違うだけなのに。

 ライさんだってわたしのこと名前で呼んでるのに。


 キリアに呼ばれただけで、どうしてこう胸がときめくのかしら!?


 あう。また顔が熱くなってきた。赤くなってたらどうしよう。

 

 勢いのまま、パクッとスプーンを口の中に入れる。

 意外にも、シチューは辛いどころかほんのり甘い味がした。薄味だけど塩気があってやさしい味。


「……おいしい」

「それは良かった。この付け合わせのクリームも一緒に食べるとおいしいよ」


 そう言って、キリアは別の器に盛られていた白いクリームをわたしのお皿にのせてくれた。

 勧められるままに、クリームとシチューを一緒にスプーンですくって食べてみる。


 さっきとは違って、さわやかな香りと一緒に口いっぱいに酸味がひろがっていく。

 お肉も野菜もやわらかくて、食べやすい。


「なにこれ、すっごくおいしい!」


 シチューにパンに、後で運ばれてきた温野菜サラダも、わたしは夢中で食べた。


 よく考えてみれば、倒れたせいでお昼を食べ損ねていたんだった。わたしってば、こんなにお腹がすいてたのね。

 たくさん食べると、お腹がじんわりと温まってきた。

 シチューってあんまり食べたことなかったけど、こんなにおいしいものだったんだ。


「食欲も戻ってきているみたいだし、もう大丈夫だね。安心した」


 前のめりにパクパク食べたりして、ちょっとはしたなかったかしら。

 テーブルマナーまるっきり無視してるものね。こういう場は、なんとなく雰囲気で気にする必要ないかなと思っていたんだけど……。


 それでもキリアが嬉しそうに笑っていたから、わたしもまぁいいかと思った。




 * * *




 あのまま食事の席で打ち合わせをするのだと思っていたのだけど、ケイトさんの提案でわたしたちは借りている宿の部屋で話し合うことにした。


 わたしとキリアは備え付けの椅子に座らせてもらって、ケイトさんはベッドに座った。

 ライさんはというと、やっぱりベッドに――ケイトさんの隣に腰を下ろした。


 そこでなぜかケイトさんが飛び上がった。隣のライさんに向き直り、きつく睨みつける。


「食事の席といい今といい、アナタはどうして隣に来るんだ!?」

「仕方ねえだろ? 姫様にベッドを勧めるわけにいかないしさ」

「それはそうだが……、ああ、もういい! その代わり、あまりワタシに近づくな」


 最後には手で払って、ケイトさんはライさんを冷たくあしらい始めている。

 もしかして、この二人仲が悪いんだろうか。

 食事の時も静かだったのは、ライさんにイライラしていたのかも……?


「もしかして、彼女……」


 ぽつりとキリアがそうつぶやくのが聞こえた。

 彼の視線を追えば、まっすぐケイトさんを見ているみたいだった。


 え。今、「彼女」って言った……?

 もしかして、ケイトさんって女の人なの!?


「ん? なんだキリア、気づいてたのか」

「そりゃ、ね。一見分かりにくかったけど、彼女も隠す気はなかったみたいだし。どうせライが脅かしたんだろ」

「オレそんなひどいことしてねえんだぜ!? あれは事故だったっていうか……。つーか、話進まねえから、早速ケイトの話聞こうぜ?」


 その話の腰を折ったのはライさんなんじゃ……。


 ツッコミたい気持ちはあったけど、口に出しても仕方ない。


 よく見てみれば、華奢というわけじゃないけどくびれもあるし、まつげも長くって切れ長の瞳もきれい。わたしから見れば、美人な大人の女性だ。

 キリアやライさんみたいな飛び抜けて整った容姿というわけじゃないから、魔族ではなさそう。

 尻尾とかないから獣人さんじゃなさそうだし、わたしと同じ人間なのかな。


「では、依頼内容の報告をする。その前に確かめておきたいんだが、依頼は、国王ならびに王妃、そして城関係者に関する現在の情報、そしてクーデターを起こした主犯の正体を探ること。これで合っているか?」

「ああ、合ってる」


 返事をしたのはライさんだ。

 依頼した張本人は彼ということになっているんだろう。内容はぜんぶわたしが欲しい情報だった。

 キリアといい、ライさんといい、うちの国民じゃないのにここまでしてくれるなんて。

 いくら感謝しても足りないくらいだ。


「分かった。では、姫もいることだし、まずは良い知らせから」


 ついに、始まる。


 わたしは背筋を伸ばして、ケイトさんの口から語られる言葉を聞き逃すまいと耳を傾けた。

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