今夜は花火、でも、雨が降る

二十六茶

第1話 沈む気持ちと試し打ちの花火 (1)

 なんでだ、なんで。

 私には、何の取り柄もなくて。

 私には、“できて当たり前”ができなくて。

 私は、努力をしたつもりでも、何の変化もなくて。

 私は、真面目なくせに、優等生に生きているつもりなくせに。

 私は、誰かの「一番」にはなり得ない。

 私は、私は、いったい、何のために生きているのだろう。


 何をするために?


 今は、この、大好きな夕焼けを見ていることしか、幸せなんてないや……。


 東から淡い藍色が流れてきて、濃いオレンジ色と重なり始めて、

 私の好きな、ノスタルジック(?)な景色だ。



「おじょーさん。どうしたん? 具合悪いん?」

 少し皺枯れたような男の人の声が、項垂れた頭の、遠い遠い向こうから聴こえた。

 無意識に、自分が座っているベンチに置いた手に力がこもる。――誰。


 このまま無視したら、失礼だよな……。

 ベンチに腰掛け、膝に突っ伏していた私は、重い重い身体を起こす。

 駐車場の規則正しい白線とアスファルト、そして、ひとりのおじさん。


 タオルを頭に巻いてバンダナ。

 皺皺の大きな手。襟に“木都佐きづさ花火”と書かれたはっぴ。

 黒いTシャツ。瞼が少し重なった目。ほぼ白髪の黒い髪。

 手にはレジ袋。ああ、後ろのファミマで何か買ったのか。


 あ、このひと、花火師の人だ。


 直感的に、というか視覚的にそう私は理解した。

 花火師のおじさんはレジ袋からペットボトルを取り出して、私の方へと歩いてきた。


「おじさん、さっき、水買うたんやけど。いる?」

 天然水が私の前に差し出された。


「あー……いいです。大丈夫なので」

「ん? あんた、よー見たら……」


 気づかんといて。赤の他人のおじさんに、知られたくない。他所の人に、知られたくない。


 こんな、くそ蒸しあっつい夏に、

 ド田舎の、こんなコンビニのベンチに座り込んで、

 もう日が暮れるっていうのに、


 ひとりで惨めに泣いとったことを。


 花火師のおじさんは両膝に両手を据え、腰を低くして、私の目を見た。


「えらい、目ぇ、あっかない? 泣いとったん?」

 おじさんは、瞼が少し重なった目を指差して私に言う。


 ああ、デリカシーも何もない!


 もしかしたらもしかして、気を使って、めぇが赤いことに気づかんフリをしてくれるかも! ……って期待したのに。やっぱり田舎のおじちゃんやな。


「ちょっと、親と喧嘩して」


「そうかぁ。でも、はよ帰らな、お父さんとお母さんが心配すんで?」


 何がお父さんとお母さんが心配すんで、やねん。


「……帰りたない。やから、ここおるん。ほっといて」


 道に転がる小石を側溝に目がけて蹴るように、おじさんをこの場から追い払おうとした。しかし、そんな子どもじみた石蹴りは、おじさんには全然効かなかった。


「そうや。それやったらさぁ。

 あと1時間ぐらいしたらなぁ、木都佐川の方で花火の試し打ちするんやわ。

 おじょーさんもぃ! あ、親にはおっちゃんに言われたって内緒やで!」


 おじさん、もとい、おっちゃんは、イタズラ好きな子ども(子どもじゃないけど)のようにニヤッと笑う。こういうのを、不敵な笑みっていうのだろうか。


「“試し打ち”って、レアな感じするやろ? 今日しか見れへんで~」


 ……花火の“試し打ち”。


 正直、花火はそんなに熱狂的に好きじゃない。

 花火大会なんて、一度だって連れて行ってもらったことないし。


 でも、なんだろう。


 おっちゃんの笑った顔が無邪気なもんだから、

 私は花火の試し打ちに行きたくなっていた。

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