新星


 話を本題に戻す。


「私は部長とかキャプテンとかリーダーは無理だよ」


 藤子は固辞した。


「私はトップに向いてないのを知ってるから。むしろ私は、唯か雪穂ちゃんかなって」


 雪穂の名前を挙げたのには驚いたが、


「リーダーってね、割とおっとりした人のほうが向いてるんだって。私はリーダーの隣でない知恵絞ってるタイプだから無理かな」


 藤子はみずからを、小賢しい女だと思いこんでいるふしがある。


 ところが雪穂は雪穂で、


「私は優海か藤子ちゃんかなって思ってた」


 と言った。


 あれだけ普段からプロになるには…などと言うのだから、いっぺんやらせてみてはどうかというような、いささか野放図な意識はあるのかも分からない。


 

 様々な意見が出た中で、


「じゃあ、澪は?」


 現職の澪に、ののかが訊いた。


「私は藤子と同じ。でも雪穂よりは唯かな」


 理由は、明快そのものであった。


「私は藤子じゃちょっと線が細い気がする。唯は私と違って意見はハッキリ言えるし、藤子は繊細な分、彼女に何かあったらチームも壊れそうで」


 そもそも澪は、じゃんけんで負けて部長になっている。


 なので最初から他人を掻き分け押し退けしてまで上に立つような思考はなかったらしく、それだけに誰にリーダーシップがあるか、考えていたようである。


「やっぱり見てるわ、ちゃんと分かってるね」


 ののかは相槌を打った。


「それに唯が動、藤子が静って感じだしね」


「それじゃ、唯で決まりでいい?」


 しばらく何も言語らしい言語を発しないまま、唯は顎に手を当て何かを考え込んでいたが、


「リーダーに向いてない気もしないではないけど、でも出来るだけのことはする」


 覚悟を決めたようであった。


 新しい部長の唯は、言葉や行動で引っ張るようなタイプではない。


 どちらかといえば、


「共に進む仲間」


 という意識であったようである。


 よく唯は「仲間は信じるもの」というワードを多用する。


 ひるがえすと、自分がトップの器でないことを理解していたから言えたのではなかろうか、とさえうつる。




 ところで。


 九月いっぱいで生徒会も代替わりし、安達茉莉江に変わって、新しい生徒会長が就任した。


 しかも一年生である。


「いくら無投票だからって、一年生って…」


 それだけでちょっとした騒ぎとなった。


「まさか翠が生徒会長とはねー」


 しかも、雪穂のクラスメイトだというのである。


 瀬良せら翠。


 中等部からの進学組で、


「アイドル部を小馬鹿にしてる子」


 というのが、唯のリサーチ結果であった。


「前任者のアダッチ(茉莉江)が理解者だったからね…やりづらくなるよ、きっと」


 しかし。


 今やライラック女学院アイドル部といえば北海道内では情報番組のリポーターとしてののかが出演したりするほどのネームバリューで、


「こないだのオープンスクールだって駆り出されたぐらいだし」


 事実唯が部長になって初仕事が、体育の日のオープンスクールのゲスト出演であった。


 さらに今度の週末はレバンガのハーフタイムショー、その次はコンサドーレのファンフェスタのゲストである。


「でも今ならネット配信でライブを中継したら、世界中どこでも見られるよね?」


 優海にかかると台無しである。



 藤子もマネジメントをしながらのメンバー復帰となって、藤子の親しいクラスメイトで、アニメ好きな海老えびはらマヤが、新しく加入するようになった。


「だって女子でジブリの『海がきこえる』が好きって、なかなか渋くない?」


 マヤは藤子の好みを明かした。


「だけどマヤだって、けいおんのDVDアマゾンで探してたじゃん」


 どことなく藤子とは馬が合うらしい。


 マヤはよくコスプレのイベントにも参加するのだが、


「マヤのコスプレ姿、ビックリするから」


 前に藤子が見たのはラブライブのコスプレであったが、似合い過ぎていて、逆に写真を見た唯が軽く引いたぐらいである。


 そのマヤが連れて来たのが、マヤの同じ中学の一年後輩にあたる宗像むなかた千波ちなみで、こちらは吹奏楽部に入るつもりだったのが、希望楽器のサックスがいっぱいで枠がなく、フリーであったのをマヤがアイドル部へ引っ張りこんだ。


 千波はエレクトーンを習っていたので、ピアノが弾ける。


「これで作曲とかどうにかなるかも」


 カラーもマヤはボルドー、千波は黄緑と決まった。


「ボルドーと黄緑って、アイドルではほとんど使われないイメージカラーなんだよね」


 オタクらしいマヤのアドバイスによるものであった。



 マヤはイラストも本格的に描く。


「別に絵で食べていきたい訳ではないんだけど」


 とは言うものの、「孔雀の海老原」と呼ばれ孔雀図を得意とする日本画家・海老原りょうの娘というだけあって、背面いっぱいに白孔雀を自ら描いた、ダンス練習用の黒Tシャツは人目を引いた。


「まるで何かの入れ墨みたい」


 優海が言うとマヤは、


「あなたにもデザイン違いだけどあげるね」


 と黒Tシャツをくれたのだが、開いてみると白い孔雀の脇に、


 「止めてくれるなおっ母さん

  背中せなの孔雀が啼いている

  女一匹 何処どこく」


 と書いてある。


「こっちのほうが、よっぽど入れ墨みたいだよね」


 唯が腹を抱えて笑った。


 優海は最初、


「私に対する当てこすり?!」


 などと怒っていたが、しばらくして気に入ったのか、体育の授業でそれを着て、優海はバドミントンをしていた。


「あれは優海のことを言った訳じゃないんだけどね」


 どうやらマヤには、そうしたイタズラっ子な一面があるらしい。



 いっぽう。


 千波は自宅から練習用に使っていたキーボードを部室へ持ち込み、


「優海ちゃん、これでボイトレできるよ」


 と、優海のボイストレーニングに付き合ってくれるのはいいのだが、平気でオクターブの高い音域まで出すので、のどが切れて血が出そうになる。


「でも声楽とかオペラじゃこのぐらい当たり前だよ? 優海ちゃん、プロ目指すならこのぐらいはやらなきゃ」


 それもそうで、千波は交響楽団のビオラ奏者の娘であった。


 少し取っ付きづらい優海を、普段からほんわかした千波がとっちめる光景はさながらコントで、


「だんだんキャラが揃ってきたね」


 模試の帰りに部室に立ち寄る程度にはなったが、澪は見に来た際に言い、


「新しいアイドル部になりそうだね」


「何それ。まるで母親みたいな目線だよね」


 藤子もクスクス笑い始めた。



 根雪の時期が来た。


 屋上が雪のため閉鎖になると、ダンス練習は空き教室でするようになった。


 この頃には雪穂もだいぶダンスが出来るようになっていて、


「私にも出来たんだから大丈夫!」


 と初心者の千波と一緒に練習をしたりする。


「成長したねぇ」 


 雪の時期でもアイドル部は外で走り込みをするのだが、何しろ手稲の坂の上である。


「これだけで鍛えられはするよね」


 校舎から国道の交差点までを登り下りする。


 後日、これは全国大会に出たときにスタミナとなってあらわれ、メドレーでも息が切れないので、


──まるでアンドロイドだな。


 などと、うわさされたことすらあった。


 期末テストが済むと本格的なスキーシーズンで、


「スノボしてきたんだけどさ」


 などと優海は言う。



 来年度のハマスタのエントリーシートが届いたのはクリスマス前であった。


「とりあえず記入漏れはないから、あとは出しとくわ」


 何事もなければ予選は四月である。


「美波がいれば強いんだろうけど…」


 澪は美波のアクロバティックなパフォーマンスを補足したいと思っていたらしい。


「冬休みはミーティングどないする?」


「今度部室も拡張工事だもんね…」


 ののかの言う拡張工事とは、隣の廃部になった文学研究部との壁を潰して面積を倍にする工事の話である。


「人数増えてきましたからね」


 千波がしみじみ言った。


「優海ん家が広いから、そこでしようかなって。もちろん先生も来ますよね?」


 優海の家は発寒だが、敷地が広く畑や倉庫もある。


「確か屯田兵の家なんだよね」


 教科書で出てくるようなワードが、すみれの口から出てきた。


「うち、倉庫だけは広いんだよね。おじいちゃんの代まで玉ねぎ作ってたし」


 優海の父の代になって畑を一部マンションにしたのだが、駅から近かったのもあってすぐ空き部屋が埋まり、倉庫は今ではフリースペースとして優海が練習したり、たまに雪穂やすみれが来て三人で集まったりしている。


「でも澪ん家みたいに庭広くないから」


 ちなみに澪の家は仕事は今はサラリーマンだが、タイミングよく分譲を買えたらしく、家の割に庭が広い。




 

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