Episode2
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年が明けた二日、朝早く清正のLINEにメッセージが来た。
「挨拶回りで部員集まるんで、先生も来てください」
場所は優海の家、とある。
「生徒の家行くなんて久々やな」
前任校で担任を任されたとき、家庭訪問をして以来である。
アパートを出ると、ナビゲーションにデータを打ち込み、愛車のネイキッドを転がして、十分ばかりで着いた。
呼鈴を鳴らすと、
「あ、先生」
新年おめでとうございます、と出てきたのは、華やかなフリルのついたワンピース姿の優海であった。
中へ通されると、
「新年おめでとうございまーす!」
見るとメンバーがそれぞれ可愛らしく着飾っている。
しばらく顔を見なかった澪やののかもいる。
「先生のスーツ…」
すみれが指をさした。
ヘリンボーンのチャコールグレーのジャケットに、アイボリーのベストとスラックスというアンサンブルの着こなしである。
「やるときゃやるじゃん、普段冴えないのに」
ネクタイもワイドノットというフォーマルな結び目にしてある。
「…ほっといてんか」
ののかのツッコミに清正はたじろいだ。
とりわけ衆目を引いたのは雪穂の振袖姿で、思わずすみれから出たのは、
「なんかモデルさんみたい」
というセリフである。
「何か昔のらしいよ」
鮮やかな青地に八橋が描かれた振袖で、よく見ると袖には在原業平らしき狩衣姿の人物が描かれてある。
「これはインスタにあげたらすごいことなるよ」
事実、このあとアイドル部のインスタグラムはいいねが初の四桁になった。
「雪穂、ショートカットにしたんだよね」
それまでのロングヘアをバッサリとショートボブに変えたらしい。
「雪穂ってショートにしてもあんまり変わらないような気が…」
という優海の頭を、すみれがすかさず引っ叩いてツッコんだ。
「別にフラれた訳じゃないけど」
雪穂には珍しく冗句が出た。
「確かにうちのグループ、ショートヘアはほとんどいないんだよね」
美波が前に髪を短くしたことはあった。
「美波先輩とはまた違う感じよね」
マヤはたまにデリカシーに欠けたことを言う。
しばらくして再び呼鈴が鳴り、
「あ、来たかな?」
今度はすみれが立った。
「あ、こっちです」
すみれの声とともに、見慣れないスーツ姿のOL風の女性が来た。
「うちの事務所でマネジメントやってる長谷川さん」
すみれが紹介すると、
「マネージャーの長谷川カナです」
長谷川カナはお辞儀をした。
「今度ね、アイドル部のマネジメントをすることになったんだ」
清正は「あぁ…電話では聞いとったけど」とだけ言った。
「外部マネージャーかあ」
澪は感慨深げに言った。
「今度から、学校行事関連以外の活動はマネジメントさせていただきます」
「じゃ、ハマスタの全国大会は?」
「それはマネジメントの範囲内になります」
「リラ祭は?」
「それは学校行事なので範囲外です」
長谷川マネージャーの回答は明快である。
「出来る女って感じの人だよねー」
マヤが言うと、長谷川マネージャーは少し頬を赤くした。
せやけど、と清正は、
「まぁ外部マネージャーがつく部活ってなかなかないな」
一応女子マネか、と言うとメンバー全員がドッとウケた。
「それで、新年度からグッズ出ることなったで」
「…グッズ!?」
一同ひっくり返りそうになった。
「とりあえずタオルとキーホルダーやけどな」
藤子は知っていたらしく、
「やっぱり先に作っちゃえば、こっちのもんですもんね」
「スゴいな…」
ののかが小さくつぶやいた。
去年は三人で、琴似のショッピングモールのイートインでフライドポテトをかじりながら、あれこれ夢を語っていたはずである。
「どんどん奇跡が起きてるね」
ののかの言葉にかぶせるように、
「奇跡は起きるんじゃなくて、起こせるように努力をするものなんだよ」
珍しく千波が言った。
「よくバイオリンとかチェロとかの人に話を聞くんだけど、奇跡みたいなことは普段から、血を流すぐらい努力してる人しか辿り着けないんだって」
アイドルの世界とはまた違った何かを千波は知っているのかも知れない。
それからね、と唯は、
「このあと、附属から来る新一年生で入部希望の子が来るから」
聞けば二人来る、という。
唯のスマートフォンが鳴った。
「近くまで来たみたいだから迎えに行くね」
しばらく間があって、
「こんにちはー」
今度は二人の中学生ぐらいの少女が来た。
「声を掛けて七人希望がいたんだけど、最終的には彼女たちだけが入部希望ってなって」
どうやら附属の中等部に、アイドル部の存在をPRしていたらしい。
「二人とも本格的なダンスや歌は未経験らしいけど」
じゃあ自己紹介よろしくね、と唯が促した。
新一年生はそれぞれお辞儀をした。
「
もとはバドミントン部にいたが、
「リラ祭のののか先輩に憧れて来ました」
ののかは、少し照れ臭そうに頬を赤らめた。
「
実は、とみな穂は、
「ホントは藤子ちゃんに憧れてマネージャーになりたかったんですけど、メンバーもいいなって」
これには思わずマヤが、
「もう、この子は欲張りなんだから」
とツッコミを入れた。
「みな穂ちゃんは背があるけど、何かスポーツやってた?」
「少しだけ水泳してました」
「水泳ね…水泳は美人多いよね」
無駄なものが水で削られるからかな、とマヤがボケをかますと、
「そんな、砥石じゃあるまいし」
雪穂がツッコんだ。
夕方まで優海の家で過ごしたあと、お開きとなってこの日はわかれた。
正月明けから、入部予定のあやめ、みな穂を含めた総勢九人は体育館のステージを使って基本のフォーメーションの練習を始めた。
「冬休み中なのに悪いね」
「私、練習風景を実は見たかったんです」
みな穂は言った。
「卒業式でライブやるなんて初めてだからさ」
最近は学校のPRとしてアイドル部は駆り出される機会が増えたらしく、卒業式ライブもその一つらしい。
あやめとみな穂はまだ中学生なので参加できないが、澪とののかはこれが最後のステージとなる。
「コレちょっとつけといて」
みな穂とあやめに、それぞれこの日来ていなかった澪とののかの代役として「みお」「ののか」と書かれた札をつけてもらい、立ち位置の確認をしていた。
「やっぱりセンターは澪ちゃんだよね」
澪の札を提げたみな穂は言った。
そこへ。
「ちょっと、何してるの?」
怒りを含んだ声がしたので振り向くと、なぜか生徒会長の瀬良翠がいた。
生徒会の登校日ではないはずである。
「だから、今何をしていたのって訊いてるでしょ?!」
ヒステリックな翠に、
「卒業式ライブの立ち位置確認です」
すみれが冷ややかに答えた。
「附属の子まで巻き込んで、どういうこと?!」
「彼女たちは体験レッスンです」
すみれがクールに言えば言うほど、翠の目は釣り上がった。
「これだからアイドル部は…」
するとボソッと雪穂が、
「前の安達会長のときには、そんなこと言われなかったんですけどね」
とだけ言った。
「…!!」
翠の体がぐらついたように見えた。
「それに私たちは学校の許可をもらってます」
優海が許可証をこれみよがしに翠に突き付けると、
「まぁ今日だけは、見逃してあげるわよ!」
翠は逃げるように駆け去った。
「…何あの子」
「何か情緒不安定ですけど…何かあったんですかね…?」
マイペースな雪穂は、いつもの調子に戻っていた。
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