始動
新入生の勧誘で入ってきた一年生は
優海は元来が歌手になるのが夢で、小学校のときからだというボイストレーニングも、本格的にレッスンを受けている。
「アイドルだからって、そこらの男に甘く見られたくない」
という優海は、腹筋が綺麗に割れている。
「アスリートみたいだね…」
藤子はそれだけで軽く引いた。
他方の雪穂は、
「女の私が見ても可愛い」
と、ののかが誤解を招きかねない発言をするほど、色白でクッキリした典型的な美少女のようなビジュアルをしていた。
後に聞いたところ、
「苫小牧のおばあちゃんのほうがアイヌ民族の系統らしいんだけど、それ以外は分からない」
との由で、どこかエキゾチックな雰囲気とスタイルの良さから、小悪魔キャラのように思われていた。
部員が七人となったことで少し部室は手狭になったが、ダンスレッスンはその分、屋上を広く使ったフォーメーションを意識したものへと変わり始めた。
しかし。
「どうしても、揃わないんだよねぇ…」
ダンス経験のある唯が発見したのは、テンポ取りの問題であった。
「雪穂ちゃん、ダンスは?」
「あんまり得意じゃなくて…」
これで辞められては困るのである。
離れて見ていた清正が、
「ちーと待っときやな」
しばらくして戻って来た手には、授業用に使うタブレットやら三脚、デジタルカメラなどがあった。
「これで撮りながら、見てみんか?」
客観的に原因を調べるつもりであったらしい。
写真館の娘なだけに、ののかが慣れた手付きで三脚を組み立ててゆくと、あっという間にセッティングが済んでゆく。
ののかがカメラを四方に据えると、タブレットと回線で繋いで、フォーメーションを撮影してみる。
すると。
「確かに、萩野森くんの言った通り、有澤くんのテンポが少しだけ遅いね」
「特に最初だけだよねー」
脇で画面を覗き込んでいた優海が、
「雪穂、最初だけ少し早く動いてみたら?」
「そんな簡単に動けないって」
「半拍だけ早く動いてみたらってこと。雪穂だけ半拍ズレてるから」
試しに雪穂の裏拍で全員が踊ると、綺麗に揃った。
「裏拍?」
雪穂は首をかしげた。
「普通にタンタンって打つのが表拍、ンタンタって打つのが裏拍。これから使うから覚えたほうがいいよ」
優海にも優しい面はあるようであった。
「今度は曲をかけてやってみよう」
やはり雪穂だけ半拍ずらすと、綺麗にフォーメーションが整う。
「…私、向いてないのかなぁ?」
雪穂は少し後悔したような気がしたらしいが、
「雪穂、これは体で慣れていくしかないから、最初から上手くゆく天才なんて中々いないって」
ののかが優しく肩に手をやった。
「先輩…」
雪穂は泣きそうな顔をしていた。
「有澤くん、早く出来ればえぇってもんやあれへんで。拙速は誰でも出来るけど、確実にやろうとする根気は誰しもある訳やない」
大丈夫や、と清正が穏やかに諭すように語りかけた。
「とにかく頑張ってみます」
はるかな後の話だが、このときの雪穂の努力の甲斐もあって、ダンスは指折りの名手となった。
しかし、である。
時間がない。
五月の連休明けの段階でのことなので、
「でも今のペースで練習してたら、六月のリラ
美波の言うリラ祭とは文化祭のことで、同好会時代からメンバーが出演するステージがある。
「特に今年は部になって初めてだし、みったくないことなんかしたくないし…」
ののかも、そこは気がかりであったらしかった。
「三人のときには、どないしてたん?」
「出来るだけ間隔を広くして、大きくステージを使うようにはしてました」
澪が答えた。
「じゃあ今年は七人やし、逆にメンバーを覚えて貰うつもりでやってみるっちゅう手はあるけどな」
「例えば…どんなのですか?」
藤子が訊いた。
「ファンミーティングみたいのとかどうやねんな?」
「むしろ、他のグループがやってないことをやったほうが、私たちのカラーを出せるのかなって」
「どんなんするん?」
「コメディみたいのもありかな、って」
藤子の発言に一同が目を剥いた。
藤子は言った。
「他のグループって、だいたいが歌とダンスだけじゃないですか? だったらドリフとかナックスみたいなバラエティカラーのあることをすれば、それだけで目立つし楽しいかなって」
これには、ののかが反論した。
「私たちはテレビに出る訳じゃないし、お笑いって簡単じゃないんだよ?! そんな軽々しく言わないで!!」
ダンスや歌の練習もままならない中、コントまで持ち込まれては、それこそたまったものではない。
更に、これに反駁したのは優海であった。
「先輩はやること選べるんですか? そんなに偉いんですか? まさか先輩だから言うこと聞けだなんて、そんな理不尽なこと考えてるんじゃないでしょうね?!」
剣幕のひどい中、唯が割って入った。
「まぁまぁ喧嘩しても始まらないって…とりあえず、部長と先生の意見は聞いてみよ」
澪と清正は黙っている。
「まずは、関口くんの意見を聞こうやないか」
澪に視線が集まった。
澪は沈思していたが、
「私は、コメディはアリだと思う。だってみんながそれで楽しんでくれれば、私はいいのかなって」
「澪…」
「あのねののか、私たちはアイドルなの。アイドルって、偶像なの。偶像に物を選べる自由はないと思うんだ」
だからね、と澪はののかの顔を見つめ、
「だからこそ、私は雪穂ちゃんの可能性も広げたいし、私たちの可能性も閉ざしたくない。出来る限りのことをしないと、後悔するかもしれないから」
「それは分かるけど…」
「じゃなきゃ桜庭ののかは、仕事を選ぶ了見の狭い人になっちゃうよ」
ののかは、返す言葉がなかった。
「それに、バラエティの力を鍛えておけば、何かで役立つ日が来るかもしれないじゃない」
澪らしい前向きな発言に賛同する向きもあった。
「よっしゃ分かった。台本はワイが探しといたるから、歌は少しゆっくり目で聴かせるタイプのにせぇ。二部構成なら、プロ仕様やしえぇやろ」
ようやくののかも、納得した様子であった。
翌日、清正はネットで見つけてきたコントの台本を印刷して冊子にした物をメンバーに渡した。
「これなら簡単やし、小道具も早く揃う」
そう言って見せたのは、なんとドリフやクレージーキャッツでも有名な、お通夜のコントの台本である。
「これなら学生やから衣装は制服でえぇし、祭壇なら段ボール箱とクロスで作れる。あとは、まぁ遺影と経帷子ぐらいや」
「あの…お坊さん役は?」
唯が訊いた。
「…まぁ、ワイやろな」
清正はニヤッと笑った。
「大学が仏教系やったから、多少は読経でけるで」
コントは一週間あれば段取りが分かるから、あとは歌とダンスに集中させようというのが狙いのようであった。
「確かにコントをメンバーだけでするアイドルなんて、あんまりないよね」
よくコメディアンの脇役では腰元だの店員だのあるが、メインで体を張るのは少ない。
「ああいうのも、事務所とかあるからなんだろうけどさ」
どこかドライな感覚が、彼女たちにはある。
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