初陣
このような経緯でコントの稽古は始まったのだが、ここで予想外であったのが、雪穂の演技力の高さであった。
本当に足が痺れているように、これまた上手く立ち回るのである。
「雪穂ちゃんに、こんなセンスがあったなんて」
そこで。
配役を変えてみた。
いちばん派手に最後のオチで転げ回るポジションにおいてみたところ、滅多に大笑いしない優海が、笑い転げてしまったのである。
「シレッとマジな顔でするから、余計に笑えるんだよね」
それをコントの基本だと知るのは、はるかな先である。
「これはイケそうね」
思わず澪がつぶやいた。
様々な配役替えをして落ち着いたのが、最初の焼香でドタバタするのが澪、次に匍匐前進するのが美波、最後に祭壇を壊すのが雪穂…という役回りで決まった。
「とりあえずやってみよう」
通しのリハーサルを撮影して清正に見せると、
「関西人のワイがウケたんやから安堵せぇ」
とのことであった。
「関西人が見てウケけるなら、きっと大丈夫だよ」
笑いに厳しいというイメージは、本物であったようである。
本番を間近に控えた練習のとき、事件が遭った。
ダンスの練習中に、ちょっとしたはずみから藤子が足を捻挫したのである。
幸い怪我は軽かったらしいのだが、滅多に起きないことだけに、
「藤子ちゃん、何か遭ったの?」
唯が、顔を覗き込んだ。
「…実はね、最近ちょっと頭痛があってさ」
藤子は苦笑いしながら、
「でもみんなに心配かけたくなくてさ」
「悪いこと言わないから、検査受けなって」
その日は藤子を休ませ、大事を取りタクシーで帰した。
明くる日、学校を休んで病院で検査を受けると、
「近視がひどくなって、視神経から頭痛が来てるようです」
との診断である。
「この眼球の状態ではコンタクトレンズは使えないので、メガネを使うしかないですね」
「メガネ…」
藤子は珍しく、
(どうしよう…)
あまり表に動揺を出さないのが、レアなことだが暗澹たる気持ちを隠すことができなかった。
何日かして。
症状がおさまってきた藤子は、地元の駅前のメガネ屋でメガネを作ったのだが、
「メガネに学割があるなんて知らなかった」
費用の面では安心したが、しかし問題は部活である。
「メガネのアイドルなんて」
藤子はほとんど聞いた例がない。
「確か昔、グラビアの子でいたのは知ってるけど…」
せいぜいそんな程度である。
調べてみると、いないわけではないが大体は普段メガネはかけておらず、たまにキャラクター作りとしてかけている。
相当悩んだらしいが、
(ダメならダメで、マネージャーに転向すればいい)
そのときには誰も責めることはないだろう、と藤子は思ったらしい。
土曜日にメガネが出来たので受け取りに行き、その足で手稲駅から坂を登って校舎まで来た。
だが。
メガネを外す前に美波に見つかってしまった。
「藤子ちゃん、メガネ…」
「うん」
仕方なく藤子は、美波にだけ打ち明けた。
「なんかさ、藤子ちゃんメガネ美人になったね」
「…えっ?」
美波は頭をなでた。
「それ、すごい可愛い」
「そう…?」
今度メガネで出たらきっとモテるよ、と美波は言うのだが、
「そうかなぁ…?」
藤子は半信半疑なままであった。
鏡を見ると、まるで漫画に出てくる冴えない少女そのままなようにしか、藤子自身には見えない。
「どこが可愛いのかなぁ?」
しばらく鏡を眺めていたが、答えは見つからないままであった。
ところが、である。
世の男子からは藤子のメガネ姿は好評であったようで、
「そこのメガネの彼女、お茶しよ?」
なんと生まれて初めてのナンパに出くわしたのである。
思わず藤子は手稲駅のトイレに駆け込んだ。
「…こんなこと、あるんだ」
動悸を抑えるのに必死であったらしい。
「すっごい怖かったんだから…」
慣れないことに恐怖を隠せなかった、藤子らしくない言動に、
「いいなぁ、最強のモテ武器なんて手に入れてさ」
ののかにからかわれる始末であったが、
「私たちグループは、キャラがハッキリしてるほうがいいと思う。その点で藤子のメガネは強いかも」
澪に言われると、悪い気はしない。
「だって、ススキノとか狸小路ならいざ知らず、手稲駅でナンパされたんだよ? サツエキ(札幌駅)なら何人声かけて来ることか」
美波にかかると、身も蓋もなかった。
それでも、少しだけ藤子の自信にはなったらしかった。
リラ祭を数日後に控えた火曜日の放課後、部室で集まって休憩していると、
「失礼します」
と、生徒会の腕章を巻いた女子高生が入ってきた。
「生徒会長の安達です」
と名乗った。
安達、名は茉莉江。
美波とは同じクラスだが、美波は話したことはほぼなかった。
茉莉江は生徒会長にしては珍しく、自分の意見では動かないという変わったやり方を取っていた。
合議で方針を決め、それを実行する。
それだけに周りからは「定見がない」と言われたこともあったが、茉莉江は「我を張るよりはいい」と意に介さない。
その茉莉江が、
「実はみんなに頼みがあって…」
と頼んできた。
みな、よほどのことと見たらしく、固唾をのんだ。
「リラ祭で、これは生徒会に来た投書での発案なんだけど、みんなの人気投票をするという話があって」
これには一同かなり動揺したらしいが、茉莉江は続けた。
「さすがにそこは、みんなの許可を取らないわけにはいかないから、それで取りに来たの」
この律儀さが、歴代生徒会長では屈指の明君と呼ばれた、茉莉江の茉莉江たる所以であった。
茉莉江はいきさつも話した。
「私は人気投票って、正直なんかセクシャルな物を商売みたいにしてるみたいで、あんまり賛同出来なかったんだけど、うちの高校って、周りがほとんど共学で男子の来る率が高いし」
ライラック女学院の周りは共学が四校、工業高校とコンピューター系の高校がそれぞれ一校ずつある。
そうした他校からの要望も寄せられたらしい。
「だから、一応投票だけしてもらえば、何とかなるかなって」
澪はしばらく考え込んでいたが、
「条件があるの」
と切り出した。
まずは、
「それなりに準備をするための、時間と予算の問題を解決して欲しい」
写真の撮影もある、と言うのである。
それに、
「今回はアイドル部が依頼した訳ではない、ということを明確にしてほしい」
それが何とかなれば大丈夫、と澪は答えた。
「無理を聞いてもらって助かりました」
茉莉江は安心したのだが、
「それじゃお金は、生徒会持ちってことでよろしく」
これには茉莉江も少し苦い顔で、やられたといったような顔相をした。
翌日ポスター撮りが短時間で行われたのだが、
「こんなときって、どんな顔したらいいんだろうね…」
誰もよく分からなかったのか、みな強張ったぎこちない表情でカメラにおさまった。
優海やののかはカメラに慣れていたが、
「なんで楽しくもないのに笑わなきゃなんないのか、よく分からないんだよね…」
唯は身も蓋もないことを言った。
「私もニコパチは苦手かも」
藤子も写真は、どうも落ち着かない。
ただ雪穂だけは笑顔を振りまいて、すぐ撮影も終わった。
「私は女優だって思い込んだら誰でもできます」
とはいうもののそうは行かないので、
「あれは天性の芸能人かもね…」
優海はなぜか、敗北感を覚えた。
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