四十一話 暗号化された手紙
ピコン、ピコン、と軽快な音が鳴る。そんな部屋の中。
大量の椅子と机、それに置かれたパソコン機器類。そして、明かりのついたそれらに囲まれるように部屋の中央部に置かれた、なんらかの巨大な機械。
見上げるほどに大きなその機械を目視しながら、男──アドロイ・リピスウェルは何かを考えるようにトントン、と一定のリズムを刻んで組まれた腕を指先で叩く。
短めの金髪に、所謂三白眼と言われる目を持つ彼は、かけたメガネの奥にある赤い瞳で機械上に表示される大量の文字列を追いかけながら無言で眉間にシワを寄せた。そうして、牙の目立つ口から深い息を吐き出すと、さも面倒そうな顔をする。
「ったく、厄介なもん拾って来やがって……」
呟く彼の背後、「厄介なもん?」と不思議そうな声が発された。アドロイはチラリと目線を後ろに向け、苛立ったように大きく舌を打ち鳴らす。
「何でいやがる双子」
「はい! アドロイさんに会いに来ました!」
「ました!」
「おう帰れ」
吐き捨て、小さな双子から目を背ける。そうして再び文字列を追いかけ出す彼は、またもピコン、と鳴った音に視線をそちらへ。無言で眉間のシワを増やすと、腕を解いて音の発生源へと近づいた。
「おいそこのウサギ女」
「ラビットちゃんね。なに?」
「なに? じゃねえよ。さっきからピコピコうっせーんだよとっとと仕事に戻りやがれ」
「残念アタシまだ休憩中」
「誰がココで休憩していいっつったよとっとと失せろ!!」
怒鳴るアドロイにやれやれと肩をすくめるのはひとりの女。
紫がかった髪にストライプ柄の青いリボンを頭の両サイドに着けている彼女は、ゴツイ指輪が幾つも嵌められた指で慣れたようにスマホを弄っている。弄られるスマホの画面には『レッツどさんこ物語』の文字。と流れるように横からスライドしてくる謎の円盤。軽快なリズムに合わせてタップされては消えていく円盤に、アドロイは「リズムゲーかよ!!」と思わずつっこんだ。それに、女──ラビットは「甘いな」と鼻で笑う。
「リズムゲーじゃない。これはリズムゲーを兼ね備えた牧場経営シュミレーションゲームだ」
「な、なん、だと……!?」
「ふっふっふっ。見せてやろう!」
言って掲げられたスマホ画面。見てみればそこには幾多もの動物たちが放牧されている。時に水を飲み、時に草を食べるそれらにアドロイは「おお!」と目を輝かせた。
「なんだこれ! ちっせぇ動物が沢山いるぞ!」
「これこそが今アタシが飼育してる動物たちよ! ほれ見ろコレは牛でコレは豚でコレは鶏と見せかけて鳳凰だ!」
「鳳凰も飼えんのか!? すげーな!!」
わいわいと騒ぐ大人たち。
それを小さな双子は暖かい眼差しで見守る。
「アドロイさんが楽しそう」
「とても楽しそう」
「幸せの極み」
「これぞ眼福」
「「ありがたやありがたや……」」
手を合わせて祈る双子にハッとし、アドロイはそこで咳払いをひとつ。何事も無かったように腕を組むと、「んで?」と未だ牧場経営を続けるラビットに言葉をなげかけた。
「テメェはいつまでここに居る気だ? 休憩なら他でもいいだろ他でも」
「まー、そーなんだけどさー」
「んだよ、歯切れ悪ぃな。なんかあんのか?」
「うーん。それがさぁ〜。雪菜姉さまに『あのクソ吸血鬼には会いたくないのでコレ持ってって来てくださいな』って言われて潜入班からの手紙持って来てるんだけど〜」
「それを早く言わねえか!!」
ギャンギャン吠えるアドロイを無視し、ラビットは懐から綺麗に折りたたまれた紙を取り出す。そしてそれを「ん」とアドロイに手渡すと、「んじゃ渡したから」とそのままスマホを弄りながら退散。
アドロイはその後ろ姿を見て、軽く頭を抱えながら折りたたまれた紙を広げる。
「なんて書いてあるんですか?」
「ですか?」
「それを今から読むんだろーが。黙ってろ」
吐き捨て、手紙を読むアドロイ。少しして不機嫌そうに舌を打ち鳴らした彼は、「おい双子」と、ジッと己を見てくる彼らを振り返る。
「はい!」
「なんでしょう!」
明るく返事をする双子。キラキラと輝くその緑と赤の瞳を見ながら、アドロイは告げた。
「丁度いいから特別班の方に言伝を。『救いを求める魚がエサを食った』、とな」
「救いを求める魚……?」
「いいから行け。テメェらんとこの隊長に言やあわかる」
「? 了解です!」
ビシリと敬礼。そしてそのまま大きく頭を下げて部屋を出ていく2人を見送り、アドロイは手紙を一瞥。不機嫌そうに顔を歪めると、小さく、本当に小さく言葉を吐く。
「面倒なことになりそうだな……」
見下ろす紙の上に綴られた文字。
『アジェラが動いた。敵はすぐ近くにいる。気をつけて』
短文だがわかりやすい、しかして暗号化されたその文字を見下ろし、アドロイは沈黙。さてどうするかと、ひとり頭を悩ませた。
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