四十話 医務室での目覚め

「救済を」


「救済を」


「救済を」


 声が聞こえる。

 たくさんの、救えという、そんな声が。


「救済を」


「救済を」


「救済を」


 声が聞こえる。

 救うイコール死であると宣う、そんな声が。


「救済を」


「救済を」


「救済を」


 声が聞こえる。

 私を支配する、そんな声が。


「──救済を」


 声が聞こえる。

 声が、声が、声が。


 声が、聞こえる──。




 ◇◇◇




「……ぅっ」


 思わず唸りながら、ヒスイは重い瞼を押し上げた。

 そうすることにより視界に写ったのは真っ白な天井。そして鼻腔を擽ったのは薬品の香り。


 医務室だ……。


 なんとなく察し、起き上がる彼女。ギシギシと痛む体にどこか打ったのだろうかと内心悩みながら、ヒスイはよろけつつもベッドを降りる。


「……目ェ覚めたか」


 ふと聞こえた声に、ビクリと肩を跳ねさせ彼女は振り返った。それにより、視界に写ったのは金髪の男。


 男にしては低めの背丈の、そんな男だった。

 長い髪をひと房に纏めて背に垂らした彼は、気だるげな瞳を開いた新聞に走らせながら、口に白い棒(恐らく棒付きキャンディー)を咥えている。

 ヒスイは慌てて頭を下げた。それにより、男は黙って新聞を畳み、彼女を見やる。


「潜入班の新人・ヒスイで良かったか?」


「は、はいっ。あの、アナタは……」


「ディーケ。医療班隊長」


 短い自己紹介。されど分かりやすいそれに、ヒスイはあわわ、と慌てた。

 どうしよう、隊長クラスの人の手を煩わせてしまった……!、とワタワタする彼女に、ディーケは沈黙。鼻から息を吐き出すと、また畳んだばかりの新聞を開き、それを見る。


「……」


「……」


「……あのぅ」


 何も言われなかったらそれはそれで困ると、ヒスイは口を開いた。そんな彼女に、ディーケが返したのはたった一言。


「精神状態の悪化」


「へ?」


「……何も考えず休むこったな。俺から言えるのはそれだけだ」


「あ、はい……」


 ぺこりと頭を下げ、ヒスイはそっと医務室の出入口へ。「あの……」とディーケを見遣り、今度は深々と頭を下げる。


「ありがとう、ございました……」


「んー」


 雑ではあるが返される返事。それにホッとして医務室を出たヒスイは、そのまま己が所属する班の部屋へと足を進めた。なんだかとてつもなく眠いので、今日はこのまま休みを貰おうと思ったのだ。


「昨日は早く寝たはずなんだけどな……」


 はぁ、と深く嘆息。

 してから、彼女は潜入班と書かれたプレートの横にある扉を押し開けた。そうして「隊長〜、いますか〜?」と声を出せば、部屋の奥から「ヒッ!?」と短い悲鳴が上がる。


「だだだ、だれッ!?」


「え、いや、ヒスイですけど……」


「あ、ああ……ヒスイか……脅かさないでよ……」


「……すみません」


 なんだか微妙な空気感になったところで、ヒスイは改めてと部屋の奥。そこに存在するひとりの男へと目を向けた。


 白い長髪が目立つ男だった。いや、男にしてはかなり顔の良い(言うなれば女性のような顔面)その人物は、長い髪を幾つかの髪留めで止めて右肩から腹の前へと垂らしている。

 瞳の色は紫色。されど不思議な形を宿すそれは、まるでそう、異色の瞳。一体どこでどう産まれたらこの様な目を持つことになるのだろうか。甚だ疑問である。


 スラッとしたスタイルの彼は、一言で言うならばオシャレな服装に身を包み、明かりの放たれるパソコン前で眉をへの字にしながらヒスイの事を見つめていた。

 その美貌でなぜそこまで自信なさげなのか……。ヒスイはよく分からないと言いたげに目を瞬くと、「すみません、ちょっといいですか?」と一言、伺いの言葉を口にした。

 男はそれに、「う、うん……」と、やはり自信なさげにこくりと頷く。


「あの、突然で申し訳ないんですけど、お休みいただけたら嬉しいなって。なんだか、その、すっごく眠くて……」


「あ、うん……それは別にいいんだけど……」


「けど?」


「い、いや、なんでもない……」


 パッと顔を逸らした男に内心小首を傾げ、ヒスイは「そうですか……」と一言。こくりと頷くと、「じゃあお休みもらいま〜す」とくるりとその場で踵を返す。そのまま歩き去っていく小さな彼女の背中を見送り、男はひとり息を吐いた。その胸の内に浮かぶのは心配か、それとも……。


「……死は救い、か」


 そっと呟いて逃げるようにフードを被る。

 そうして明かりのついたパソコンに向き合う彼は、カタカタとキーボードを叩き、とある人物へメッセージを送った。

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