三十九話 見えぬ涙
疲れたように寝入る小さな少女。医務室のベッドをひとつ占領した彼女を見つめながら、「で──」とオルウェルは己の主君であるリレイヌを見る。リレイヌはそんな彼にちらりと目をやると、ヒスイへと視線を移動させた。そして、静かに口を開く。
「率直に言えばアジェラの呪いだ」
「呪い?」
「そう」
頷いたリレイヌ。そんな彼女の言葉を続けんと、口を開いたのは猫背の男性。長い白髪の髪を胸上に垂らし、手持ち無沙汰にそれを弄る彼は、紫色の不可思議な瞳をそっと細めるとちらりとヒスイを見て眉尻を下げる。
「死を救いとする宗教団体・アジェラ。その教祖であるディザレアという名の男はひどく特殊な声帯を持っている。ディザレアはその声帯を利用し、『声』で他者を操るんだ」
「なんや、言霊みたいなもんか?」
「……そんな生易しいものじゃないよ」
ポツリと零した男性は、ひどく整った、まるで女のようなその顔を俯かせた。悲しげで、それでいて哀れみをふんだんに含んだ表情を浮かべた彼に、オルウェルはそっと後ろ頭をかく。
「……教祖ディザレアの『声』は、もはや支配と言っても過言ではない。だからこそ、“アジェラの呪い”と、私たちはそう呼んでいる」
「んー、『声』だけでヒトを支配できるもんなんです? 主様みたいな神族がそれを出来るんなら、そらわかるけども、一般の人間がそういうこと出来るとは到底思えへんけどなぁ……」
「それが出来てるんだよ、実際ね」
告げたリレイヌ。オルウェルはそんな彼女の言葉に納得したのかしてないのか、曖昧な態度でこくりと頷いた。頷いて、そして胸の内に浮かんだ疑問を口にする。
「ヒスイは、どないなってしまうんですか?」
「……私の口からはなんとも言えない。ただ、言えることがあるとするならば、そうだな……」
ちらりと、男性を見るリレイヌ。彼女の視線を受け、困り顔の男性はそっと口を開く。そうして紡がれたそれは、ヒスイという少女の未来を予知する言葉。
「ヒスイは……あの子はもうまともには生きられない。あの子を待つのは、死か、狂うかのどちらかだ」
「……」
「そぉか」と、オルウェルは頷いた。そうして何事も無かったように手にした小包を「差し入れです」とリレイヌへ渡した彼は、そのまま寝入る少女を一瞥する。
──思えば、はじめて出会った時から、哀れな存在だと感じた気がする。
土砂降りの雨の中、傘もささずに俯いていた彼女。気になり声をかけてしまったのが、きっと運の尽きだった。
彼女は、ヒスイはオルウェルを見て「たすけてください」を口にした。消え入りそうなか細いそれは、どうもなにかを含んでいそうなものであった。
「……アジェラの呪い、か」
呟き、オルウェルはヒスイから視線を外す。故に彼は知らない。彼女が一筋の涙を流していたことを……。
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