三十六話 サヨナラの涙
チチチ、と鳥が囀っている。そんな中庭。
隠れるように柱の影に座り込むパティに、アルベルトは困ったような顔をする。
元はといえば自分が招いたとも言えるこの結果。大層怨まれることだろうと、彼はひとつ考え前を向く。
「……パティ様」
「……」
「……主様が、呼んでおられます」
「…………」
「……それだけを伝えに来ました。では……」
一礼して去ろうとしたアルベルト。そんな彼を、パティは小さな声で呼ぶ。
「! は、はい……」
アルベルトは狼狽えながらパティを振り返った。
パティはそんなアルベルトに、小さく告げる。
「メニーさんを止めてくれてありがとうございます。彼に、僕の友達に、主様を殺させないでくれて、ありがとう」
「……パティ様」
「……言いたいのは、それだけです」
「……パティ様、僕は……」
アルベルトはギュッと口を噤んだ。そうして悔しげに下を向く彼に、パティは言う。
「アルベルトがしたことは間違いじゃないです。だから責めません。怨みません。怒ったりしません。だから、だからアルベルト……」
グズりと、ぬいぐるみの少年は鼻をすする。
「僕が泣いちゃったこと、誰にも言わないでくださいねっ」
「……もちろんです、パティ様」
これはふたりのヒミツ。ふたりだけのヒミツだ。
アルベルトは困ったように笑うと、「行きましょう」と、そう告げた。パティはそれに頷くと、目元を拭い、立ち上がる。
「産まれたことが幸福だと、思ったことは一度もない。けれど、短い人生の中で、得たものはとても大きく、大切なものだ」
ふと、聞こえた声にパティは足を止めた。アルベルトがそんなパティを不思議そうに振り返る。
「パティ、オカーサン。どうか幸せに。僕はずっと、あなたたちの傍で──その幸せを、願ってますから」
ふわりと揺れた風。共に見えた黒と赤のコントラストは、きっと幻に違いない。
それでも、それでも良かった。それだけで十分だった。
パティは見えた『彼』の笑みに泣きそうな顔で笑うと、「はいっ」と一言。頷き、震える口を必死に引き上げながら、その言葉に答えを返す。
「幸せになりますっ。だから、だからどうか、見守っていてくださいっ。僕たちのこと、主様のこと……ずっと、ずっと……っ」
ボロボロと溢れる涙をそのままに、パティは告げた。それに、その『少年』は柔らかに笑うとそっと踵を返し消えていく。
「……パティ様」
アルベルトがパティを呼ぶ。パティはその声に呼応するように頷くと、そのままブンブンと頭を振り、頬を叩いた。そうして流れる涙をもう一度拭うと、「行きましょう!」と明るく笑いアルベルトを過ぎっていく。
「主様ぁ〜!!」
響く声。大袈裟なほどに明るいそれは、清々しい程の青空に呑まれ、消えていった……。
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