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 バーベキューの金網には共同農園でとれたピーマンと玉ねぎ、ハマチの切り身、それから、鳥肉が串にささって並んでいた。鳥肉は、なかなか食べられないごちそうだ。


「おかえり、伊織。今日、黒岩さんから雉をもらったんだ。珍しく鴨が罠にかかってたんだって」


「すごいですね。あ、これ、一緒に食べてください」


 焼きたての食パンを、咲良さんに渡す。


「おぉ。これも美味しそうだな。久しぶりに、お酒を飲みたくなってきた」


 この島に、お酒、と呼ばれる飲み物は一種類しかない。

 百年以上前から続く島唯一の酒蔵『酉山酒造』で作られ続けている日本酒だ。今も町長が中心となって、男たち全員で作っている。


 世界が滅びかけても、五十年前の杜氏たちは酒作りをやめなかったらしい。「麹菌は一度死ぬと蘇らない」と書かれた大昔の貼り紙は今も入口に飾られている。


「いい匂い。お肉なんて、久しぶり」


 二人と一緒に、鉄板を囲むように座る。波音に混じって、肉の焼ける音が耳に届く。


「あたし、こういうの食べるの、初めてだ」


「え、リオ、肉食べたことないの?」


「豚はあるよ。でも、鳥はない。空港で飼ってたのは豚だけだったから」


「そっか。この島では豚の方が珍しいぞ。食べたことあるの、缶詰だけだ」


「豚の缶詰? 食べてみたい!」


「いや、あれぜったい腐ってましたから。食べたうちにいれないでください」


 咲良さんが自信満々に食べたというのを、苦笑いで訂正する。


 一度だけ、咲良さんが、もう誰も住んでいない家の中から缶詰を見つけてきたことがあった。豚の絵が描かれた五十年前のベーコン。私も巻き込まれて、一欠片だけ口にした。


 それは、昆布と蕨を一緒に口にいれたような味と食感だった。その後、丸一日腹痛に苦しみ、初めて学校を休んだ。


「缶詰だし、ぎりぎり食べられると思ってたんだ」


「缶詰の中は時間が止まってるわけじゃないですよ。ちゃんと説明してくれたら、絶対に食べなかったのに」


「悪かったって。でも今日は、いいものあるぞ」


 そう言って、咲良さんはクーラーボックスからサプライズの一品を取り出す。


 それは、島で牧場をやっている山内家の皆さんが年に一度だけ作って配ってくれるスモークチーズだった。そのまま焼けるように串刺しになっている。


「すごい豪華。今日って、なにかの記念日でしたっけ?」


「リオが、初めて石鯛を釣ったんだ」


 咲良さんはそう言って、子供の成長を見守るように嬉しそうに笑った。


 リオは今、咲良さんと一緒に暮らしている。


 七里島にはのんびりとした時間が流れているけれど、ここで暮らしていくには一つだけルールがあった。それは、仕事をすることだ。


 お金がない物々交換の暮らしだからこそ、みんなのためになにかをできる人じゃないと受け入れてもらえない。

 リオが選んだ仕事は、咲良さんと一緒に魚を取ることだった。


「で、その記念の石鯛はどうしたの?」


「みんなにあげたぞ。これまでのお礼にってな、すっごい喜んでくれた」


「すっかり、七里島に受け入れられたね」


 リオは嬉しそうに笑う。気持ちを全身で表現しようとする子供のように、立ち上がって、海に向かって手を広げる。


「あたし、ここが好きだ。食べ物もうまいし、寝る場所は広いし、自由だし、なにより、薔薇に怯えなくてもいいしな。ここは本当にいいところだ」


 その言葉に、私も嬉しくなった。好きな人に、好きな物を大好きと言ってもらえる。こんな素敵なことってない。


「あたしがいた空港とは、全然違うよ」


 リオがこの島にくるまでどんな生活をしていたかは、しばらく島の話題を浚った。



 七里島からずっと東、五十年前の地図では大阪湾と書かれていた場所に、空港島とよばれる海に浮かぶ島がある。

 そこには今も、五千人ほどの人たちが暮らしているそうだ。


 空港島は薔薇の侵食を受けておらず、五十年前の文明を残したままの安全な暮らしができている。


 ただし、空港島の周囲ではまだ薔薇が活動しており、薔薇の侵入を防ぎ、人々の秩序を守るために〝政府〟と呼ばれる組織によって徹底した管理されているという。


 食料はすべて配給制で、ほとんどが工場で作られる味気ないゼリーやタブレット。

 農業や畜産も行われているけど、食物のほとんどはダブレットに加工されるので、生の食材を口にすることは滅多になかったらしい。


 リオには家族はおらず〝政府〟が運営する孤児院で育った。


 空港島では十歳になると仕事が与えられる。一緒に孤児院で育った仲間たちと海で魚を取って暮らしていた。


 咲良さんがやっているような釣りや投網じゃなくて、船と自分をロープで繋ぎ、素潜りしで魚を獲るという方法だった。


 休みは海が荒れているときだけで、毎日のノルマがこなせなければ報酬が減らされる。七里島の生活とは比べものにならない大変な仕事だったらしい。


 リオが七里島に流れ着いたのは、漁をしているときの事故だった。船にくくりつけていたロープが千切れて波に飲まれてしまった。


 七里島には、動力船は残ってない。リオが持っていた荷物の中には小形の通信機があったけど、漂流したときに壊れていた。


 ノブさんに修理を依頼して、電源はなんとか入るようになったけれど、通信できるようにするには交換部品が足りないそうだ。


 つまり、空港島へ向かう方法も、リオが漂着したことを伝える手段もない。


 だから、この海の外に人類の生き残りがいるとわかっても、七里島の生活は変わらなかった。


 変わったのは、サニーサイド瀬戸内海を聞きながら想像していた、違う場所で生きている同胞が、ほんの少しだけ具体的に思い描けるようになっただけだ。


 ちなみに、サニーサイド瀬戸内海を放送していたのは空港島ではなかった。それどころか、存在すら知られてなかったらしい。


「あたし、夢があるんだ」


 食事を終えた後、満足感でいっぱいでしばらく話もせずに、浜辺に座り込んで星空を眺めていた。


 やっと胃が落ち着いたころ、リオは、そんなことを呟いた。

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