4-3
「空港島にはな、たくさん仲間がいたんだ。みんな、すごく仲がよかった。大変な毎日だけど、みんなと一緒だったから平気だった」
リオは、自分が生まれ育った場所のことを、厳しい場所、大変な場所、ということはあっても、嫌いだということは一度もなかった。それは、仲間の存在があるからだろう。
その言葉に、少しだけ、七里高校のみんなの姿を重ねた。
「リオにとっては、仲間が家族だったんだね」
「うん、そう。みんな、きっと心配してる。だから、無事だってことを伝えたい。それから、できればみんなもこの島に連れて来て、一緒にご飯食べたい」
「それがリオの夢か。いいねぇ。いつか、きっと叶うさ」
咲良さんは、空になったクーラーボックスの上に足を投げ出し、流木を枕代わりにして、浜辺に寝転がっていた。弟子の夢に、嬉しそうな声をあげる。
「ねぇ、伊織は、なにか夢ってある?」
「私はね、ずっと、この島の外で暮らす人に会ってみたいと思ってた」
それは、物心ついたころからずっと考えていたことだ。
島の外の世界が見てみたい。もっと色んな人に会いたい。学校で進学組の人たちが、外の世界を見たいという話を聞くたび、まったく違う状況なのに共感してた。
「でも、その夢、思いがけなく叶っちゃったからなぁ」
リオに顔を向ける。島の外に出るより前に、向こうからやってきてくれた。
「だから、この島で、今と同じように暮らしていけたら、それで幸せかな」
「なに、年寄りみたいなこといってんだ。島の外に出てみたいとか思わないのか? 空港島もいいところだぞ。ご飯は美味しくないし仕事はキツいけど、いろんなものがある。映画館とかボーリング場とか、洋服や本だってたくさんある。それに、安全だしな」
リオが教えてくれた空港島の世界にはすごく惹かれた。
だけど、そこに私の居場所がないこともわかった。行きたいとか行きたくないじゃない。
私には、絶対に行くことができない。
その理由を説明する代わりに、まったく違うことを尋ねてみた。
「ねぇ、この世界は、いつまで続くと思う?」
「この島でも、薔薇が、また活発に動き出すかもしれないってこと?」
「ううん、そうじゃない。薔薇がもし今のまま、ずっと休眠状態だったとしてもってこと」
「それなら、安心だろ」
リオは、迷いなく答える。だけど、咲良さんは私が言いたいことがわかったようで、寂しそうな表情を浮かべた。
「この暮らしは、いつまでも続かないよ。今はまだ潮流発電機が電気を作ってくれるし、冷蔵庫も水の濾過装置もちゃんと動く。家も服も、五十年前の人たちが残してくれたものがある。でも、それはいつかなくなる。一年後かもしれないし、もっとずっと後かもしれないけど」
誰もが気づいているのに、大っぴらに口にするのを避けている。
町長も佐々木先生のノブさんも、みんな、明日の心配はするのに、十年後の心配は口にしない。
「この島はゆっくりと滅んでいくんだと思う。だから、一日一日を、大切に生きていきたい。みんなと笑いながら、美味しいものを食べたり、くだらないことを語り合ったりしてね」
こう思えるようになったきっかけは、七里高校のみんなに出会ったからだ。
卒業までの限られた時間を大切にすごす日々は、世界の終わりがじわりじわりと近づくのに似ている。
そして、終わりを意識しながらも楽しく過ごそうとする姿に、今を生きることの大切さを教わった。
時間は、過去も現在も未来も、同じように価値を持つ。
今流れている時間も十年後に流れる時間も同じ。
夢があってもなくても、大切な人が側にいてもいなくても、いつだって同じように零れ落ちていく。
だから、明日のために今日落ち込むなんて、今日に失礼だ。今、一緒にいる人たちに失礼だ。
「ごめん、しんみりしちゃったね」
振り向くと、リオは、いきなりビンタされたような表情をしていた。島にきたばかりの彼女は、この島の未来について考えたことなんてなかったのだろう。
「私は、そんな未来には反対だ」
後ろから、咲良さんの、どこか挑むような声が聞こえてきた。
「私の夢はね、あたしが今、住んでいる家を再興することだ。リオ、私たちが住んでる家にかかってる看板、覚えてるか?」
「なんか、漢字が書いてあったな」
リオは必死に思い出しながら。砂に字を書き始める。
宮本商店。
ペンキが剥がれボロボロになっているけど、オレンジで書かれた文字は今でもはっきりと見える。
それが、リオと咲良さんが暮らしている家に掲げられている看板だった。
「宮本は、人の名前だよな。商店って、なんだ?」
「商店っていうのはな、色んなものを集めてきて、売る店だよ。そこに並べるものは、ぜんぶ、店主が決めるんだ。私は、商店を復活させたい。覗きに来るみんなが目を輝かせるような、そんな場所を作りたい」
意外だった。咲良さんは、ずっと漁をして生きていくつもりなんだと勝手に思っていた。
「でも、この島で集めてこれるものなんてないですよ。みんな、それぞれ、できることをして生きてるだけ」
「それなんだ。この島の暮らしは、たしかに悪くない。だけど、退屈だ。止まってる。いやむしろ、さっき伊織が言ったように終わりに向かってる。でも、人類はこんな危機を何度も乗り越えてきた。あれが欲しい、もっとたくさん手に入れたい、その願望がある限り人は滅びない、私はそう思う」
「だから、それをどこから集めてくるんですか?」
「なにもゼロから作り出さなくたっていい。物の価値っていうのは、人によってそれぞれなんだ。誰かにとってつまんないものが、別の誰かには素敵に見えたりする。そして、私はその橋渡しをして、みんなと一緒に豊かになりたい。世界がこうなる前は、これを商売って呼んでて、それが行われる場所が商店だったんだ」
「だから、具体的にはどんなものを並べるのかって聞いてるんですけど?」
咲良さんはいきなり立ち上がると、海に向かって走り出した。
いつになく真剣な表情、波打ち際までいくと、勢いよく振り向く。夜の海と幾千の星々を背にして、叫んだ。
「それはー、今から考えるー!」
私とリオは、笑った。
世界がいつか滅ぶ、そんなことを吹き飛ばすように、笑い続けた。
それから私たちは、夜遅くまでくだらないことを話し合った。
咲良さんの夢をどうすれば実現できるかとか。最近読んだ小説にでてきたポークチョップとはどんな料理だろうとか。空港島にみんなで遊びにいけたらいいのにとか。
波音を聞きながら、星々に見守られながら、今という時間がさらさらと零れ落ちていくのを感じながら。
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