第四話 さよならサニーサイド――港町(2)
4-1
季節は廻り、港町を囲む木々も赤やオレンジに色づいていた。
制服も長袖に変わり、もう少ししたらブレザーが必要になるだろう。
家に帰ると、玄関のドアに手紙が挟まっていた。
『仕事が終わったら浜辺に集合。今日はごちそうがあるよ!』
すっかり見慣れた角ばった文字、神代リオからの手紙だった。
リオがこの島にきてから、一ヶ月が経っていた。
私の家は、漁師通りの端にあるパン屋だ。
白塗りの壁に分厚い木の扉、中に入るとパンを陳列できる棚がならんだ店舗スペースがある。
カウンターを挟んでパン工房になっていて、広いキッチンに石窯のオーブンが並んでいた。
奥には部屋が二つと、トイレとお風呂、それから小さな庭。庭には母さんが大切にしていた花壇が残っている。誰にも見せたことがない秘密の場所だ。
学校から帰ってきてからの日課は、奥の部屋にある母さんの写真に手を合わせることだった。
「ただいま、今日もいい一日だったよ」、いつもと同じ報告。
こんな報告ができるのも、クラスのみんなのおかげだ。
母さんは、三年前に死んだ。
父さんは物心がついたときにはもういなかったので、それからずっと、この店で一人暮らしをしている。
今日の注文は三件だった。食パンが二斤とバゲット、ついでに自分用にも一斤。昨日のうちに作って寝かせていた生地を、テーブルの上に置く。
パンの作り方や石窯の使い方は、全部、母さんから習った。私がこうして一人で仕事を続けていられるのは、ぜんぶ母さんのおかげだ。
焼き上がったパンをみんなに届け終わるころには、外は真っ暗になっていた。
きっと今ごろは、騒々しく愚痴をいいながら待ちくたびれているだろう。
コンクリートで固められた発電岬のすぐ近くには、遠浅の砂浜が広がっている。
町から離れているので、夜に騒いでも迷惑にならない。
ときどき、私と咲良さんはここに集まって夜の海を眺めながら話をしていた。最近は、そこに一人増えた。
浜辺に近づくと、絶え間なく響く波音が聞こえてくる。
人類社会が崩壊してからの五十年なんて瞬きの瞬間に思えるような、太古から繰り返されてきた音。
月の光が弱い夜は、空と海との境界が曖昧になる。ぼんやりした水平線の上では、無数の星々が海に吸い込まれてしまいそうなほどに煌めいていた。
浜辺には、リオと咲良さんがいた。炭火を起こし、火を囲うように石を積んで、バーベキュー用の金網をのせている。
「伊織ー、はやくーっ、お腹が減り過ぎて暴れるー」
リオがやたら大きな仕草で手招きする。
後ろで縛った赤い髪に青い瞳。笑うと覗く鋭い八重歯。今日も、元気いっぱいで楽しそうだ。その表情を見ているだけで私まで嬉しくなってくる。
一ヶ月前、この島に流れ着いた少女は、神代リオと名乗った。
リオには幸いにも大きな怪我はなく、薔薇の寄生もなかった。次の日、私が学校から帰ってきたときにはすっかり元気になっていた。
「あの……あなたが、助けてくれたって聞いた。ありがと」
リオは私に、ぼそぼそと喋った。今の彼女からは想像もできないくらい、雨に濡れた子猫のように怯えていた。
目が覚めたら知らない場所で、知らない人たちに囲まれていたんだから、当たり前だろう。でも、震える小さな声で「変な服」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
学校の制服を見るのも初めてだったらしい。
それを聞いて、仲良くなれそうな気がした。
それから、リオと毎日のように会っては下らない話をしたり、一緒にご飯を食べたりしている。この現実世界でも、ずっと欲しがっていた同年代の友達ができた。
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