3-5
課外活動室のドアを開けると、誰もいなかった。
梶木も、梨々子たちと同じように受験対策の勉強会のをやっているのだろうか。
せっかく、卒業式の打ち合わせをしようと思ったのに。
いや、卒業式はただの言い訳だ。
もう少し、話がしたいって思ったのに。
――予感があった。
卒業式が終わると、みんなは消えてしまう。
これまで、七里島ではたくさんの薔薇の人たちが現れては消えていた。
薔薇の人たちが消えた話を聞くと、共通点が見つけられた。
ぜんぶ、彼らが、心残りを叶えたときだった。
伝えたかったことを伝えたり、知りたかったことを知ったり、見たかったものを見たり。
ささやかなものかもしれない、小さなことかもしれない。ただ、薔薇に飲み込まれたときに抱えていた心の残りがなくなったとき、彼らは消滅する。
そして、一度消えると、二度と現れることはない。
私が高校に通いたいと言い出したとき、島では大きな問題になった。
薔薇に囲まれた高校に通うのは危険だとか、休眠中の薔薇を刺激するかもしれないとか、色々な話し合いがされた。
許されたのは、島にはまだ、五十年前のみんなのことを覚えている人たちがいたからだ。
五十年前、この島で初めて薔薇に寄生されたのは、六人の高校生だった。
町は混乱状態だった。六人の高校生たちは、町から離れた場所にある高校に隔離された。
彼らはこの場所で、薔薇に飲み込まれた。
そして、この島を救ったんだ。
きっとみんなの心残りは、この学校を卒業できなかったこと。
七里高校の薔薇が見せる幻は、卒業式と同時に消えてしまうだろう。
恋人なんてつくらないと決めていたのは、この学校が、いつか消えてしまうものだからだ。叶わないとわかっている恋なんて辛いだけだ。
だから、梶木とは今の関係がちょうどいいと思っていた。
でも、杏理や早川さんのおかげでわかった。未来なんて関係ない。大切なのは、今この瞬間を、どう生きるかなんだ。
もうちょっと、近づいてみたい。そう思ったのに。
せっかくの決意が無駄になって、体から力が抜ける。
窓の外では、雨が降り出していた。ぽつりぽつりと雨粒が窓ガラスを叩きはじめる。
そこで、気づいた。
部屋の奥、キャンバスが出しっぱなしになっていた。架台の上に置かれ、白い布がかぶせられている。
梶木が描いている、卒業制作。
卒業式の日に、見せてくれるといっていた。
でも、少しくらいならいいだろう。
せっかく来たのにという失望感が、なにか埋め合わせをもらいたいと背中を押す。近づいて、キャンバスにかかっていた布を外した。
描かれていた景色に、思わず固まった。
見覚えのある風景だった。そして、あり得ないはずのものだった。
キャンバスには、眠り姫の城のように――薔薇に覆われた七里高校の校舎が描かれていた。
――第三話 完――
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