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 昼休み、課外活動室にいくのが楽しみになっていた。

 窓からは、真昼の太陽の光を受けて輝く海と、その上を悠々と伸びる瀬戸大橋が見える。


 海を見ていると、昨日、発電岬で助けた少女のことが浮かんできた。


 まだ名前しか知らない、島の外からやってきた少女。


 神代リオは、あれから一度も目を覚まさなかった。


 診療所の佐々木先生の話だと、ただ疲れて眠っているだけで、薔薇にも寄生されてなかったそうだ。


 学校から帰ったときには、話ができるようになっているだろうか。

 あの子も、サニーサイド瀬戸内海を聞いていたんだろうか。

 

 想像を巡らせながら、サンドウィッチを頬張る。


 梶木が絵を描きにくるのは教室で昼ご飯を食べてからだろう。

 いつものように、携帯ラジオを取り出して窓辺に置く。

 でも、電源を入れる前に、ドアが開いた。


 パンの入ったビニール袋を手に提げて、梶木が入ってくる。


「今日は、早いね」


「教室で一人で飯食おうとしたら、お前の友達に、課外活動室で食べろって追い出されたよ。なんなんだ、あれ」


 片思い同盟中の二人の顔が浮かぶ。どうやら、余計な気を回してくれたらしい。


「さぁ、どうしたんだろうね」


「卒業式実行委員同士、昼飯食べながら会議してろってことか。あいつら、ほっといたら、俺たちがなにもしないって思ってんのか」


 梶木はキャンバスの傍に置かれていた椅子に座り、几帳面にテーブルの上にパンとカフェオレを並べる。港町に一つしかないベーカリー『かもめ』のクリームパンとウィンナーロールだった。


 五十年前も今も、この島にパン屋は一軒しかない。本土からIターンしてきた人が始めたというベーカリーには、今、私が住んでいる。


「お前の昼飯、それ、自分で作ってるのか?」


「うん。まぁね」


「安心しろよ。うまそうだけど、くれなんて言わないから」


 さりげなく弁当を隠そうとした私に気づいて、梶木が笑う。


 お弁当が地味なのが恥ずかしいわけじゃない。違う生活をしていることに気づかれないか不安になっただけだ。

 でも、梶木は気にした様子もなく、ウィンナーロールをかじる。


 今日の弁当は、薄くスライスした丸パンと、共同農園で採れた野菜のサラダと卵のサンドウィッチだ。


 スーパーでなんでも買えた五十年前と違って、島で調達できる食べ物はとても少ない。インスタント食品なんてないし、肉や果物は希少だ。


 弁当をみんなに見られるたび、寂しいとか質素だとかは言われ続けてきたけど、おいしそう、と言われたのは初めてだった。


 そういえば、誰かとお昼を一緒に食べるのは久しぶりだ。



 一人でご飯の食べるようになった理由は、みんなと食べていると、おかず交換というイベントが発生するからだった。


 私はみんなのおかずに触れられるし、口に入れることもできる。

 だけどみんなは、私の体や、私が外の世界から持ってきたものに、触れることができなかった。


 もし、みんなが私のおかずを取ろうとすると、ほんの一瞬だけ世界が止まる。そして、みんなが私のおかずに触れる前まで行動が巻き戻る。


 それは、エラーが起きて、大きな力が無理やり修正するようだった。


 もちろん、みんなは時間が巻き戻ったことを覚えてない。

 私だけが、その瞬間を見なかったように演技を強いられる。


 ……どれだけ親友だと思っていても、違う存在なのだと思い知らされる。


 それを見るのが嫌で、一人で昼ご飯を食べるようになった。


 でも、梶木となら、おかず交換なんてイベントが発生することはないだろう。久しぶりに誰かと一緒に食べるお弁当は、いつもより美味しかった。


「サニーサイド瀬戸内海、聞いてもいいぞ」


「今日はやめとく。それより、ずっと、梶木にお礼が言いたかったんだよね」


「俺に? なんか、したか?」


「高校に転入してきたばっかりのころ、全然、勉強についていけなかったんだ。そのとき、梶木ノートにすごく助けられた。あのノートがなかったら、不登校になってたかも」


 梶木君は「あぁ」と呟いて、興味がなくなったようにパンを食べ始める。きっと、言われ慣れているのかもしれない。


「美術部だったから、挿絵も上手だったわけだ」


 梶木ノートには、色んなイラストが登場する。古代史なら古代中国の地図や戦国武将の似顔絵。化学実験の様子や英文法を簡単に覚えるための図。


「あ、そういえば、ときどきカジキマグロの絵、でてくるでしょ。あれってもしかしたら、梶木だから?」


 急にむせた。図星だったらしい。


「余計なことに気づくなよ」


「かわいいとこあるね」


「うるせえよ」


「あのさ、たぶん、ノート借りた全員気づいてるよ」


「……マジか」


 それはこっちの台詞だ。いきなり出てくるカジキマグロ。どうして、気づかれないと思っていたんだ。


「恥ずかしいな。俺、どうすればいい」


「どうにもならないでしょ。今さら」


 彼の耳は真っ赤になっていた。話すたび、意外な一面が見える気がする。そのたびに、惹かれていく気がする。



 きっとこれを、恋と呼ぶのだろう。



     ◆◇◆◇◆

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