3-2
「……いつから、そこにいたの」
「二人が裏庭に来るちょっと前」
「じゃあ、ぜんぶ聞いてたんだ」
「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ。意味深な感じで入ってくるのが見えたから、気になって。つい、隠れた」
「それを盗み聞きっていうんだよ」
野菜ジュースの飲みながら、悪びれた様子もなく近づいて来て隣に座る。
「梨々子が、そんな噂好きとは思わなかった」
「噂好きっていうのとは違うよ。私はね、周りの人間関係について知らない情報があると不安なのさ。だから、知れることはぜんぶ知っておきたいの。周りのことがわかってたら、余計な面倒を起こさずに過ごせるでしょ。余計なことを言って傷つけたり、嫌われたりするのを避けることができる」
「そんなこと、考えて過ごしてるの?」
「島の外から転校してきた伊織には、まだわからないかもしれないけど。このクラス、みんな仲がいいように見えるけど、やっぱり好き嫌いはあるのさ。進学組と残留組のあいだには、やっぱり温度差があるしね」
勉強を教えてくれるときと同じように、淡々とした口調だった。
「でも、それが表面に出てこないのは、みんな島育ちだからだろうね。狭い社会で生きるには、諍いを起こしちゃいけないってわかってるのさ」
「そんな言い方、しないで。私は、そういうとこもひっくるめて、みんなのこと好きだよ」
「もちろん、私もそうさ。そう言ってるように聞こえなかった」
当たり前でしょ、というような目で振り向く。
そうだった。こういうやつだった。どこか冷めてて一歩引いたところから回りを見渡している。でも、ちゃんと温かい。
「それにしても、杏理が恭也のこと好きだってのはバレバレだったけど。伊織が梶木のことをねぇ。それは、さすがの私も気づかなかった」
「もう、それ言わないでよ」
「私、宗汰のこと好きなんだ」
いきなり、告白された。
驚く私の顔を見返しながら「これでフェアだ、許して」というように笑みを浮かべる。なんだか、あまりにも梨々子っぽくて、怒るのも馬鹿らしくなった。
「そっちこそ、すごい意外だよ。宗汰と仲いいのは知ってるけど、いっつも馬鹿にしてたのに」
「あいつの、冷たくすると子犬みたいにシュンとするとこ、可愛くてさ。それに、馬鹿だけど優しいし」
飲み終わった野菜ジュースを横に置いて、空を見上げる。
「私、中学のときに親が離婚して、母親が島を出てっちゃったんだ。ショックで何日も学校休んだ。あいつ、気の利いた事なにも言えないくせにさ、毎日、私の家に来るんだよ。で、アニメの話とか漫画の話とか、あいつの家で飼ってる山羊が便秘になった話とかして帰ってくの。なんかさ、あんまりどうでもいいことばっかり話すから、笑っちゃった」
梨々子と宗汰の家はすぐ近くで、子供のころは姉弟のように育ったという。
きっと、私たちにはわからない絆が、二人の間にはあるんだろう。
「でも、宗汰は島に残って実家の牧場を継ぐから、卒業したらばらばらになる。伊織と一緒だ」
「梨々子は、進学してどうするの?」
「なりたいものがあるのさ。小説家とか脚本家とか、物語を作る人になりたいんだ。私の物語で、たくさんの人を夢中にさせたい。その夢が叶うまで、戻ってこないつもり。だから、この気持ちを打ち明ける気はないよ。この島と一緒に置いてくつもりでいる」
彼女の言葉に、私の心は鈍い痛みを訴えた。
この学校にいるクラスメイトたちはみんな、五十年前に薔薇に取り込まれてしまった。
杏理の恋は、実ることがなかった。
梨々子の夢は、叶うことはなかった。
すべて、ここで終わってしまった。でも、それでも、私は笑わなければいけない。
「きっと、梨々子なら夢を叶えられるよ」
「こんなこと話したの、伊織が初めてだ。やっぱり、あんたはすごいよ。なにか、人に好かれる才能を持ってるんだと思う」
「ぼんやりしてるから、気を許しちゃうだけかも」
「そうかもね。ということで、私もまぜてよね」
「まぜるって?」
「片想い同盟」
思わず噴き出す。
それに合わせるように、始業前のチャイムが鳴った。私たちは笑い合いながら、慌てて教室に向かった。
◆◇◆◇◆
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