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「あ、そうだ。今日、すごいこと聞いたんです」
そこで、とっておきの情報を思い出した。
「サニーサイド瀬戸内海、五十年前にも放送してたらしいです」
「嘘っ、すごい!」
「同じクラスの男子が知ってたんです。サニー小川のことも知ってた」
「じゃあ、サニー小川って今、何歳なんだろうね。当時二十歳としても七十歳……いやいや、あり得ないよ」
「たぶん、今のサニー小川って何代目かなんじゃないですか。昔あった伝統芸能みたいに、代々名前を受け継ぐみたいな」
「受け継ぐような名前とは思えないけどなぁ」
サニーサイド瀬戸内海は、この世界でたった一つのラジオ番組だった。
放送局は、この島にはない。どこから放送しているのかわからない。
サニーサイド瀬戸内海というからには、瀬戸内海に面している沿岸部か島のどこかだろうけれど、放送中にスタジオの場所を口にしたことは一度もなかった。
七里島にはまともに動く船は残っていない。港に残った漁船はすべて壊れ、燃料もとっくに底をついている。
咲良さんが使っているような手漕ぎのボートが何隻かあるくらいで、隣の島くらいはいけても、長い距離を航海する手段は残ってない。
通信手段もとっくに失われている。ラジオ無線や狼煙なんかで、この島に生きた人間がいることを伝えようとしたけれど、島の外の人たちに届くことは一度もなかった。
島の外がどうなっているのか、誰も知らない。
サニーサイド瀬戸内海だけが、島の外にも、ちゃんと生き残っている人がいることを教えてくれる。
そこで読み上げられる手紙や流れてくる音楽は、終わりを待つことしかできない港町で、広い海のどこかに仲間がいるという証だった。
だから、私たちは毎日欠かさずサニーサイド瀬戸内海を聞く。
どんなにサニー小川が調子っぱずれな声で笑っても、下らないコメントばかりでも、昼の十二時から電波にのって届く彼の声は、私たちにとっての希望だった。
「大ニュースだ。さっそく、みんなにも伝えよう」
代り映えのない島での暮らし。みんな、新しいニュースを求めている。
こんな話でも、きっと色んな想像を膨らませて楽しんでくれるだろう。
話しているうちに、坂道を下りて町に戻ってきた。町はずれの小屋では、今日も黒岩のお爺さんが、テーブルの脚になる部分に花柄の模様を削っていた。
こんにちは、と挨拶をすると、目を細めて頷く。
口が隠れるほど白い髭を生やしていので、どんな表情をしてるのかはわからない。
黒岩さんの仕事は家具作りで、この町で暮らす人たちみんなの分の豪華な椅子やテーブルを作っている。全員に家具が行きわたった後も「自分には他にやれることがないから」と家具を作り続けていた。
だから、黒岩さんの小屋の周りはいつも、貰い手のない家具で溢れている。
「今日は大漁だったんですよ。あとで、アジ、持ってきますね」
咲良さんが声をかけると、黒岩さんはもう一度頷いた。ちゃんと聞こえているのか怪しいけど、物心ついたときからこんな感じだ。
黒岩さんの小屋を通り過ぎると、私が生まれ育った港町だ。
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