1-5

 先生が出ていくと同時に、教室の中がわっと賑やかになる。

 一年のころからずっと、放課後が始まるときの空気が好きだった。


 だけど、三年になってから少しずつ変わってきた。仕方のないことだけど、やっぱり寂しい。


「今日も進学組のみんなと勉強して帰るからさ。じゃ、また明日」


 梨々子は手早く教科書を鞄に仕舞うと、同じ進学組のメンバーと合流して教室を出ていった。


 三年生になるまで、私と杏里と梨々子、いつも三人で帰っていた。


 運動好きな杏里に付き合って校庭でバレーをしたり、本が好きな梨々子に付き合って図書館に寄ったり、授業についていけない私に付き合って居残り勉強したりした。


 だけど、梨々子は進学組。京都の偏差値の高い大学を目指しているので受験勉強に追われている。


 私と杏里は島に残るので、進学組は大変そうだねぇと眺めつつも、この島から出ていくのを羨んでいる。


 三年生になってから、放課後はなんとなく進学組と残留組で分かれるようになった。


「なんか、寂しいね」


 杏里が、私の気持ちに同調したようにいってくる。


「私たちと梨々子ちゃんたちの間に、でっかいクレーターができちゃったみたい」


「クレーターは丸いから。できるなら溝だね」


「おぉう。伊織が的確な突っ込みなんて、なんかあった?」


「なにもないって」


「そうそう、溝の話だった。あと半年なのに、あんまり、みんなで一緒のことできないね」


「そうだねぇ」


「大変そうだけど、やっぱり羨ましいって気持ちもあるんだ。私にも、もう少しだけ勇気があれば、この島から脱出できたのかな」


 杏里の家は、島でたった一つの宮本商店というスーパーをやっている。

 去年、杏里のお母さんが腰を悪くしたのをきっかけに、島に残って店を手伝うことを決めた。


 宮本商店がなかったら、島の人たちみんなが困る。それを杏里が背負う必要はないとは思うのだけど、優しい友人は割り切れなかった。


「ま、言っても仕方ないね。もう決めたことだし。これでも島のこと好きだし、伊織もいるしね。島に残る者同士、一緒に帰ろ」


 席を立とうとしたときだった。杏里の視線が、私の背後にずれる。


 振り向くと副委員長の恭也が立っていた。言いたいことをぐっと堪えているような、いまにも破裂しそうな表情だった。


 なんのためにそこにいるのかは、わかっている。

 ここ数日ずっと避けていたんだ。


「伊織、ちょっと話せるか?」


 もう逃げ場はなかった。


 杏里に、ごめん、先に帰ってて、と伝えてから、恭也に向かって頷いた。


 二人で教室を出る。餌をもらったけど警戒心を捨てきれない野良猫のように、ちょっとだけ距離を開けて彼について歩く。向かったのは屋上だった。


 七里高校の屋上はいつも解放されている。先客は、いない。


 フェンス際まで歩み寄ると、眼下に瀬戸内海が広がる。昼休みに課外活動室から眺めた時よりも太陽が傾いたせいか、キラキラと海の上で跳ねる光の粒が大きくなっていた。ゆるい潮風が髪を撫でる。光の帯の上を、四国へ渡るフェリーが横切っていく。


「なんで呼んだか、わかってるだろ」


 短めの髪に整った顔立ち。ファッション誌のピンナップ用のモデルくらいなら採用されていても違和感ないような、スポーツマンっぽいイケメンだった。


 恭也とは、転校してすぐに仲良くなった。男女問わずに気さくに話しかける性格で、初めのうちは学校生活に慣れない私に、色々と教えてくれた。


 最初は、これまでの私の人生には登場しなかったハンサムで爽やかでちょっと距離感の近い男子に緊張したりもしたけど、困ってる人を放っておけないところや、カッコつけるくせに照れ屋なところ、彼の色んな一面を知るにつれて変わっていった。


 少しずつ距離感にも慣れ、クラスで一番、なんでも話せる男友達になった。

 それなのに。


 三日前、告白された。


 その時も、屋上だった。ちょっと話があると言われ、不意打ちのように「お前のこと、好きなんだ」と告げられた。


 なんで、よりによって私なんだ。

 クラスで美女といえばリサだし、杏里の方が私よりずっと可愛いし、どうして、私なんかを選ぶんだ。


 あまりにも予想外でパニックになって、「今は無理、ちょっと考えさせて」といってその場から逃げ出したまま、避け続けていた。


「そろそろ、こないだの返事、聞かせて欲しい」

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