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『ハロー、リスナーのみんな! 待たせたな、サニーサイド瀬戸内海の時間だ。メインにしてオンリーのパーソナリティはもちろんこの俺、サニー小川、よろしくなっ。さっそく一曲目、みんな海、見てるか。もうすっかり色が淡くなって、夏も終わりって感じだろ。こんな夏の終わりにぴったりなナンバーといえば、こいつだ。イギリスの伝説的なロックバンド〝オールドファッション〟の名曲〝トラディショナル〟、いってみよう!』
ラジオから流れるチャラくて胡散臭い声を聞きながら、サンドウィッチを頬張る。
窓辺に置いた携帯ラジオ、その向こうにはサニー小川の言葉通り、穏やかな秋の海が広がっていた。
少し前までは空を覆っていた入道雲は消えて、すっきりとした青空が広がっている。そのせいか、秋になると海の色が淡くなる気がする。
三階にある課外活動室の窓からは、港の様子が一望できた。
校門からゆるやかなカーブを描く坂道を下っていくと、海岸に沿って小さな町が広がっていた。平屋建ての家がほとんどで、目立つのは三階建てのホテルと、五十年以上続く酉丸酒造の酒蔵くらいだ。
入り江を囲むコンクリートの岸壁の先には、瀬戸内の海が広がっている。飛び石のような島影とそれを繋ぐ瀬戸大橋も見える。
窓には、瀬戸内の景色と重なって、自分の顔が映っている。
肩までの黒髪、これといって目をひくような特徴のない顔立ち、自信のなさそうな瞳。自分の外見は、特に好きでも嫌いでもない。
昼休みの課外活動室。いつもここで、一人で昼食を食べていた。
課外活動室が仕えるのは、文化部に所属している生徒だけだ。
文化部の部室として、ひとまとめにして課外活動室が割り当てられていた。
私が所属しているのは園芸部で、主な活動は中庭の花壇の管理。
でも、一度も花壇に触れていない。そもそもこの学校には、水をあげないと枯れるような植物は植えられていないんだ。
壁際には、画材や書道道具など色んな文化部の備品が乱雑に置かれている。
だけど、ちゃんと使われているのかは知らない。
私が部室を使うのは昼休みと体育の前後に着替えをするだけ。他の部活とバッティングしたことは一度もない。
全校生徒はたった十四人なのだから、誰が何部だったかはだいたい覚えている。でも、今はもう誰も活動していないのかもしれない。
『さぁ、次はお待ちかね。悩み相談コーナー! 今日までに届いたお便りを紹介していくぜっと。今日の一つ目は、これだ。ラジオネーム栗毛卵さん。お、さっそく恋の悩みかよ。私には一つ年上の片想いの人がいます。でも、私の住んでる島では同い年の子が少なくて、告白するのにちょっと勇気がいります。なるほどー、狭いコミュニュティだと色々と面倒が起きるよなー。でも、俺は思うんだ。そんなんでブレーキがかかる恋ってことは、その程度の恋ってことなんじゃないか。君の片想いは、その程度の恋なのかい?』
サニー小川は、相変わらず調子のはずれた声で笑う。
大して役に立たないコメント、下らないジョーク、本当にこの人はプロなのかと疑いたくなるときが一回の放送で何度もある。それでも、毎日、昼休みには欠かさず聞いているのだから、私も変り者だろうか。
片想い。サニー小川が繰り返すフレーズを聞いていると、クラスメイトの顔が浮かんだ。
梶木直澄。
二人きりで喋ったことはほとんどない。クラスメイトは私以外、みんな島育ちで、どこか島特有の活発さを共有していたけれど、彼だけは別だった。
いつも気怠そうで、さらにいうと常に眠たそうだった。
休み時間はだいたい顔を伏せて眠っている。
宗汰や早川さんとは仲良くしているようだけれど、みんなと話しているときも一人だけむっつりとしている。一緒にいても楽しくなさそう。太宰治とかドストエフスキーとか好きそう。
それなのに、意外だった。
実行委員に立候補するなんて。
鼓動が早くなる。
一年のときから、梶木のことを意識していた。
きっかけは、転校してきたばかりのとき、授業に全然ついていけなかったことだ。
みんな七里高校のレベルがそんな高いわないと笑っていたけど、それまでまともに勉強する機会なんてなかった私には、数学も英語も古文も化学も、わけのわからない単語が飛び交う魔法の授業だった。
梨々子が根気強く教えてくれたおかげで、なんとか二学期の初めには授業についていけるようになった。
でも、一番お世話になったのは梶木だ。
杏里から、彼が中学生のときに作ったという通称・梶木ノートを貸してもらった。ノートのわかりやすさは有名で、クラス中にコピーが出回っているそうだ。
そこには、全科目、中学校から高校一年レベルまでの授業内容がイラストやグラフ付きで整理されていて、教科書よりもずっと役に立った。
梶木ノートを毎日眺めているうち、几帳面な字から生真面目な性格なのかと想像し、ポイントを狙いすまして解説してるところから頭いいんだろうなと感心し、たまに登場するカジキマグロ(梶木だけに!)をデフォルメしたイラストにユニークな部分もあるんだと癒されたりした。
一つページをめくるたび、どんなやつなんだという空想が広がった。
気がつくと、いつも彼を目で追うようになっていた。
だけど、この感情に名前を付けたことはない。
片想い。まさか。二人きりで喋ったこともないのに。そんなの、ありえない。
突然、ドアが開いた。
驚いて振り向き、さらに声を上げそうになる。
そこにいたのは、ちょうど頭に浮かべていた不機嫌そうな男子生徒だった。
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