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七里高校は、瀬戸内海に浮かぶ七里島にある県立高校だ。
島を見下ろす高台にある三階建ての校舎。今年で築五十年を数えるけど、時代の流れに左右されないシンプルな鉄筋コンクリートの外観のおかげで古臭い感じはしない。
三年生は一クラスだけで、生徒数は十四人。一年生と二年生はいない。
少子化の波は瀬戸内の島々にも押し寄せていて、私たちの卒業と同時に廃校が決まっていた。
生徒数がさらに少なかった私たちより下の学年は、今年の春から、船で本土の高校に通っている。私たちは、受験を控えた三年生だってことと、転校するには生徒数が多いという理由で、最後まで七里高校に通うことになった。
つまり、私たちは、この高校の最後の生徒だ。
「それじゃみんな、今日は大事なことを決めるよ」
早川さんの声が、教室に響き渡る。
二限目はホームルームだった。
先生は挨拶を済ますと、すぐに委員長に教壇を譲った。
「こら、杏里、さっそく寝ようとしないで。山内、机の下で漫画開いてるの見えてっからね。大事なこと決めるって言ったでしょ、集中しろ!」
早川さんは、すぐにクラスの意識を一つにまとめる。さすが組長。
ショートヘアに日に焼けた肌、整った顔立ちだけど美人よりも男前といった方がしっくりくる。実際、下の学年がいたときは、女子の後輩から何通もラブレターを貰ったそうだ。
早川さんの家は、漁業組合の組合長を代々引き受けている。漁業が盛んな七里島では、組合長は、町長よりも発言力が大きかったりする。組合長の娘、略して組長。海の男たちの中で育った早川さんの気が強くてさっぱりした性格には、そのあだ名がぴったり似合っていた。
「今日の議題は、卒業式について」
ほんの一瞬、教室が静まり返った。
九月も半ば。長かった夏もようやく終わろうとしている。
つまり、卒業まであと五ヶ月。七里高校が廃校になるまで、あと五ヶ月だ。
ずっと見ない振りをしてきた終わりが、急に目の前に落ちてきた気がした。
「私たちだけじゃなく、この学校にとっても最後のイベントになるわけだから、最高のものにしたいの」
三年生しか残っていないので文化祭や体育祭は実施しないことが決まっていて、私たちに残された学校行事は、卒業式だけだった。
「それで、まず決めなきゃなのはこれ」
早川さんの声を合図に、黒板の前にスタンバイしていた副委員長の翔也が、子気味のいい音を立てて文字を書く。
卒業式実行委員 2人
隣の梨々子が、ちらりと視線を向けてくる。杏里と梨々子の二人には話していた。これまで、なにかの委員会に入ったことはなかった。でも、これだけは、やりたいと思っていた。
私が七里高校に通い始めたのは、高校一年の夏だった。入学式から二ヵ月後、普通の学校なら、やっとグループが固まったような微妙な時期に転校してきた私を、みんなは呆れるほど鮮やかに受け入れてくれた。
私を温かく迎え入れてくれたみんなのために、記憶に残るような卒業式を企画したかった。
立候補してくれる人は? と早川さんが言い終わると同時、真っ直ぐ手を上げた。
よっぽど意外だったのか、クラスのみんなが盛り上がる。事前に知っていたはずの杏里と梨々子も驚いた顔をしていた。
「お、珍しい。伊織が立候補してくれるなんて。それに、梶木も」
え、と思わず声が漏れる。
後ろを振り向と、一番後ろの席で、梶木直澄(かじきなおすみ)が、同じように右手を上げていた。
心臓が大きく跳ねすぎて、肺にぶつかる音が聞こえた気がした。
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