あと157日で消滅する教室

瀬那和章

第一話 眠り姫の学舎――七里高校(1)

1-1

「ねぇ、もし世界が終わるとしたら、どんなふうに終わるのかな?」


 杏里は振り向くと、いきなり聞いてきた。


 さっきの授業で、先生が地球温暖化の話をしたからだろう。このままだと今世紀末には海面が八十センチ上昇するとか、自然災害がさらに頻発するとか。

 彼女の考えることは、いつも私たちの斜め上をいく。


 長い睫毛に可愛らしいソバカスが印象的。振り向いたときに揺れた茶色のくせっ毛がトイプードルを連想させる。そんな上品な犬種、この島では見たことないけど。


「やっぱ、あれかな。隕石が落ちてくる、かな。温暖化でじわじわ滅ぶより、そっちの方が世界の終わりっぽいよね」


「そうかもねぇ」


「このあいだ借りた映画、人類は核戦争で滅んだって設定だったよ。それでね、猫が地球を支配してんの。そういう世界滅亡よくない?」


「いいねぇ」


「あとさ、忘れちゃいけないのが宇宙人の侵略ってパターンだよ。タコみたいな宇宙人ならまだいいけど、エビだったらヤだよね」


「やだねぇ」


「あんたは、どうしてそう程度の低いことしか言えないのさ」


 隣の席から、不機嫌そうな声が割り込んできた。

 梨々子は読んでいた参考書をぽんと机の上に置いてから、律儀に体ごと向き直る。私たちの会話が気になって、集中できなくなったらしい。


 眼鏡に長い黒髪。真面目で大人っぽくて勉強もできて、いかにも委員長っぽい雰囲気。だけど委員長どころか、なにかの委員になったこともない。いつも推薦されるけど「そんな暇ない」と断っている、自分の時間を大切にするただの優等生。


「この世界に地球が滅びるくらいの巨大隕石が落ちる確率ってどれくらいか知ってる? モスクワの研究者の論文によると、一億年に一回らしいよ」


「でも、恐竜はそれで滅んだんだよね?」


「私が言いたいのは、もっと可能性が高い世界の滅亡の理由があるってこと」


「たとえば?」


「インフルエンザとか」


「えー、インフルエンザで世界が滅ぶの?」


「私たちがこれまでかかったことのない新型インフルエンザなら、十分にあり得るの。鳥インフルエンザが空気感染するようになったら今の人類の医学じゃ対処しきれないってのは、最近、色んな媒体で目にする話さ」


「うそぉ。インフルエンザ、怖っ」


 杏里は本気で心配しているように、マスクのつもりか口元を手で覆う。

 私はすっかり、二人のやり取りの聞き役に回っていた。


「さっきから聞いてれば、お前ら、夢がないなぁ」


 今度は、梨々子の後ろに座っていた男子が話に割り込んでくる。


 山内宗汰は町外れにある牧場の跡取り息子だ。背が低くて毬栗のような短髪。漫画やアニメが大好きで、休み時間のたびにどこかの席で中二病的な空想を披露している。


「あんたには話してないから。勝手に聞かないでくれる」


「お前らがでっかい声で話してんのが悪いんだろ」


「じゃあ、どっかいって」


「ここ俺の席っ」


 梨々子と宗汰は、二人とも認めたがらないけれど、仲がいい。こうやってお互いをからかうように口喧嘩するのは、クラスでよく見る光景だ。


「じゃさ、宗汰は、どうやって世界が滅ぶと思ってんの?」


 杏里が興味を持ったように聞く。宗汰は、その言葉を待っていた、とばかりに身を乗り出した。


「破滅の天使が下りてきて、罪深い人類を滅ぼすんだ」


 梨々子が引くのがわかる。私も同じ気持ちだ。これは、ない。ただ一人、杏里だけが目を輝かせる。


「独創的っ。それでどうなるの?」


「人類に残された対抗手段は、バビロニアが残した古代兵器だけだ。世界各地に散らばったオーパーツの碑文を解読し、エンジェルバスターを起動できるかが鍵とな――」


「黙れ。それ以上、中二病の妄想を垂れ流すな」


 梨々子が、前のめりになりかけていた宗太のおでこを手のひらで押さえる。すぐに、二人はいつものように口喧嘩を再開した。


「ねぇ、伊織はどう思う?」


 最初の適当な相槌のあと、一言も発していなかった私に、杏里が話を振る。

 梨々子と宗汰も、口喧嘩をやめて私の方を振り向いた。三人の視線が集まる。


 気が進まなかったけれど、仕方なく口を開く。


 チャイムが鳴った。廊下で待機していたように先生が入ってくる。

 ざんねん、というように笑って杏里は前に向き直る。教室の他のみんなも、それぞれに会話を切り上げて席に戻っていった。


 起立、という委員長の声。チャイムと重なって、椅子を引いて立ち上がる音が重なって響く。

 だから、授業が始まる音に紛れた呟きは、誰にも聞こえなかった。


「きっとね、世界はもっと、ロマンチックに終わるんだよ」


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