第29話
「おかえりなさいませ、タクヤ様。奥のソファーにどうぞ。今、お水をお持ちしますね」
案内されて俺はソファーに座り込む。というか倒れ込んだ。同時に、体全体に疲れがどっと押し寄せた。ここまで
「おかえりなさい。ずいぶんと早かったわね」
そう言って、正面に座ったコズエ先生の笑顔がまぶしい。今は人の姿を見るだけで癒やされる感じがする。マジで。
「発電所、結構大変でした。ゴキブリも出たし。すげーデカイやつ」
俺はぐったりしたまま言った。
「じゃあ結構地下まで行ったの? まさか下りのエレベーターを使ったとか?」
先生の表情が急に険しくなった。
「エレベーターで地下6階に行って、タブレットをたくさん拾ってきました。これ、お金になりますかね?」
そう言って俺はリュックからタブレットを一つ取り出す。
「まって地下6階? バカね! いきなり無茶して。すぐ検査して除染しないと。あなた放射線の値はチェックしなかったの?」
先生が急に慌てだした。俺のまぶたを指で開いて眼球を覗き込んだ。反対の手では脈を確かめている。
「あの……。俺、放射能に耐性があるみたいなんです。地下6階は線量が150行ってたんですけど、変異種のゴキブリに足止めされちゃって、2時間以上そこにいました。普通ならそれで死んでると思うんですが大丈夫でした」
「放射能の耐性? そんなの聞いたことないわよ。あなた誰かに騙されてるんじゃない?」
焦りまくっている先生に手を引かれて、俺は検査の部屋へ連れて行かれた。注射器で血を抜かれて、それから金属探知機みたいなもので全身をスキャンされた。
「……うそでしょ」
モニターに写っている検査の数値を見て先生の動きが止まった。
「どうでしたか? 汚染は……」
俺は少し緊張して聞いた。
「汚染はゼロ。所持品からも何故か検出されてない。これ、故障じゃないわよね」
先生があとから来たクララさんの方へ振り返って言った。
「機材は正常です。簡易的に私もタクヤさんの体調を見ていますが、異状無しです。疲労はかなりあるようですけれど」
クララさんは別に驚く顔もせず、なぜか微笑して言った。
「本当に発電所へ行ったのよね?」
コズエ先生が疑うような顔で言った。
「行きました。嘘じゃないです。拾ってきたタブレットもあるし……」
俺は言った。
「じゃあ、どういうこと? まさかあなた、新型のアンドロイドとかじゃないわよね?」
先生が半分笑って俺の顔を見つめた。
「えーと、それなりに事情があるんですが。俺自身もちょっと理解できてないところがありまして。なんて言えばいいんでしょう……」
すべてぶっちゃけても別にいいけどな。ただし、信じてもらえない可能性も高いだろう。
「まあいいわ。細かいことは訊かないっていうのも、ここのルールだから。ただ、あなたの体に謎が多い以上、医者として安全を保証できないという所はあるわね。やれることはやってあげるけど、あとは自己責任で、ということになるわ。申し訳ないけど」
先生が困った顔になって言った。
「わかりました。ありがとうございます。自分も常に手探り状態で……。だけど稼がなくちゃいけないから、出たとこ勝負でやっています」
「それで、アンドロイドではないのよね?」
「たぶん違うと思います」
「たぶん?」
「えーと、俺は過去に一度死にかけるか死んだかして、生き返ったら別の体になっていた、という可能性があるんです。そしてなんでそうなったかというと、それも全く分からないんです」
「なにそれ? アホみたいな話ねー」
先生が吹き出して笑った。何かのツボに入ったのか涙を流して笑っている。怒られるよりは全然マシかな。
「久々ね、こんな事象にあたったのは。まあいいわ、のちのち謎が明らかになるかもしれないし。楽しみよね」
先生が嬉しそうにして言った。これだけの情報で納得してくれるなんて、さすが医者というか、この人の懐が深いという事なのか。その後、精密検査をして俺の体に異常が無いことが分かった。ただ、俺の放射能に対する耐性に関しては、何も情報が得られなかった。まあ、そうなるよね……。
検査が一段落したので、俺はタブレットをリュックからすべて取り出して、クララさんに査定してもらった。
「一台2千円で引き取ります。全部で55台ありましたので、合計で11万円になりますが、それでいかがですか?」
マジか。すげぇ。目標金額の10万円をあっさり達成してしまった。
「それでお願いします。でもこのタブレット、そんなに価値のあるものなんですか? 発電所が可動してた時代の物だから、相当昔のモデルですよね?」
俺はクララさんに訊いた。
「大地震が発生して以来、日本では科学技術がほとんど進歩していません。ですので、当時の最先端モデルが現役で通用しています」
「なるほど。だとすると、発電所のモノならなんでもお金になると思っていいんですか?」
「そうですね。ガジェット類は特にそうです。希少なものは都市部へ売り込むことができるので、かなりの金額になるでしょう」
クララさんが微笑んで言った。
発電所の部屋にタブレットはまだたくさん残っていた。他の部屋にも同様の物があるかもしれない。つまり、今後も稼げる余地が十分にあるということだ。非常にありがたい。でもまた発電所に行くってことは、あの巨大ゴキブリ達と再会することにもなるわけだからなー。リスク高いなー。
今日はもう休むことにして、晩飯はキタムラ医院でごちそうになることになった。ごちそうになると言っても、もちろん金は払うわけだが。
おしゃれなガラスのテーブルの上に、麻婆豆腐と餃子とラーメンと、他にもさまざまな中華料理が並んでいる。料理はすべてクララさんの手作りなのだが、基本的に材料さえあれば何でも作れるそうだ。さすがアンドロイド。味付けも本格的でめちゃくちゃ美味い。急に食欲が湧いてきて、かなりがっついて食べてしまった。
テーブル越しのソファーに、クララさんとコズエ先生が並んで座っている。俺が食いまくってる姿を楽しそうに眺めながら、二人でワインを酌み交わしている。もはやこの環境が特異すぎて不思議さも感じない。美人がいて、料理が美味くて、ソファーはふわふわで、これ以上望むことは何もない。最高にリラックスしてしまっている。
「タクヤ、今日は結構稼いだじゃない? 明日以降はどうするの?」
コズエ先生が俺に訊いた。
「ちょっと迷ってます。一日で目標にしていた金額が稼げたので、まだ時間に余裕があります。なのでもう一回発電所に行くのもいいけど、あのゴキブリはヤバイからな……」
「まあ、あなたの場合、焦る必要は無いわよね。放射能に耐性があるってことは凄いアドバンテージなんだから。他人と競争しなくていいし。でも発電所が危険だってことは、今回よく分かったでしょう? 変異種は戦って勝てる相手じゃないし、ベテランがあっさり殺されたりもする。結局は運次第ってところもあるのよ」
先生にそう言われて、俺はゴキブリのデカさを思い出した。あれが音もなく移動するわけだからな。
「……今回はこれで終わりにしようかな。そもそも、下見のような気持ちだったので、無理はしないことにします」
俺は言った。
「賢明な判断ね。もしかして、スラムにはあなたを待っている人がいたりする?」
先生が微笑んで言った。
「あ、はい。恋人がいます。その子と一緒に屋台の店をやりたいと思ってて、その資金を稼ぎにここに来たんです」
「いいわね、青春ねぇ。……あ! そういえば屋台の道具一式が、なぜかウチになかったっけ? 見たことがある気がする」
コズエ先生がクララさんの顔を見て言った。
「あります。医療費を現金払い出来なかった方の物を、担保としてお預かりしました。ただ、その方は2年ほど前にお亡くなりになっています」
「そうそう。いわゆる質流れ品みたいなものね。状態は良かったわよね」
「新品同様です」
「ならどうかしら、タクヤ。その屋台を一度見てみて、気に入ったら安く譲ってあげるわよ。買ってくれるならスラムまでクララに運ばせるし。帰り道に護衛がつくことにもなって、結構お得な話だと思うけど。私も、屋台なんて持っててもしょうがないから」
コズエ先生が言った。これは願ってもない話だ。俺はさっそく、その屋台を見せてもらった。クララさんが言っていた通り、屋台も道具も新品同様で必要なものはすべて揃っていた。というか、俺が買おうと思っていたものよりもだいぶグレードが高い。ぜひとも欲しいけど。
「あのー、それでおいくらになりますでしょうか? 俺の予算は15万も無いんですけど」
俺はちょっと緊張して訊いた。これらを普通に買ったら、中古でも20万とか普通に超えると思う。
「5万でいいわ。今後もキタムラ医院をご贔屓にしてくれるなら」
先生が言った。マジか!
「ありがとうございます! マジで助かります!」
俺は興奮して言った。屋台の道具を揃えるのも、結構苦労しそうだと俺は思っていたのだ。でもこれなら、割と早く店が始められるかもしれない。運がいいというか、コズエ先生にマジで感謝だ。いやー、いきなり屋台を持って帰ったらマイも驚くだろうな。早くこいつで料理をしてみたい。
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