第27話
宿泊所に荷物を置いたあと、キタムラ医院に戻って情報収集をすることにした。それでメイドさんに頼んだら、汚染地域について詳しく教えてもらえることになった。非常にありがたい。
メイドさんのお名前はクララさんという。真っ白な肌と背中まである金髪が、眩しいくらいに美しい。胸元のネームプレートに「くらら」とひらがなで可愛く書いてあるのだが、本人は可愛いと言うよりもクールビューティーな感じ。笑顔が素敵だけどちょっと近寄りがたい感じもある。その近寄りがたいクララさんが、ソファーにいる俺の横に肩をぴったりと寄せて座った。……なんで? めちゃくちゃ緊張する!
「汚染地域について、どの程度ご存知ですか?」
クララさんが俺の顔を覗き込んで言った。顔が近い。
「なんとなくは知っています。でもできれば、基本的なことから教えて頂けますか?」
俺は
今から150年ほど前に日本で巨大地震が連続で発生した。その地震の規模が想定以上だったため、八王子の地下深くにあった発電所一帯が壊滅状態になってしまった。設計上、核融合炉から放射能が漏れることは無い。しかし併設されている実験施設で事故があって、現在に至るまで施設全体から放射能が外部へ漏れ続けている。
八王子を中心とした汚染地域は人の立ち入りが難しい。というわけで金目の物が手付かずで残っていた。しかし、ここ10年ほどで除染装置の機能が飛躍的に向上した為、人の立ち入りが増えている。その結果、現在では汚染地域に入ったとしても、簡単に大金が稼げるとは限らない。
「大金は稼げないのか……」
俺はつぶやいて言った。
「そうですね。ただ、発電所の内部まで行けばチャンスは有ります」
クララさんが言った。
「でも発電所ってかなり危険なんですよね?」
「はい。死亡事故が多発しています。それでもご興味がお有りですか?」
「はい。とても」
俺は言った。頷いてクララさんが説明を続ける。
発電所は地下深くに広がっている。そして、地下へ潜るほど放射能の汚染は酷くなる。地下フロアは10階層まであって、現在、人が入れるのは地下5階までと言われている。ただし、放射線の値は日々変動するので、より浅い階層でも危険な時がある。タイミングが悪いと、発電所に近づくことさえできない。さらには、発電所とその周辺にはゴキブリの変異種が高確率で出現するので、その心配もしなければならない。
放射能汚染がある一方で、発電所は現在も稼働中で、周辺地域に電力を供給し続けている。そのコントロールはAIに任されていて人間は関与していない。関与しようにも、AIのメインフレームは施設の最深部にあるので、誰もそこにアクセスできない。最深部では、機械類でさえ一瞬で故障してしまうほどの放射線が出ている。
「建物の機能は部分的に生きていて、エレベーターも可動しています」
クララさんが言った。
「マジですか」
それはありがたい。
「はい。ただ、使う場合は上りのエレベーターだけにしてください。下りで使うのは非常に危険です。階層を一気に下げると、放射線のレベルが大きく上がる可能性があります。実際に、下りエレベーターで死亡事故が多発しています」
「わかりました……」
しかし俺のスキルが本物なら、下りエレベーターも使えるよな。
「あとはゴキブリについてですが、出現しやすいエリアが変動しますので情報のチェックを怠らないでください。私に聞いてくだされば、いつでも無料で最新情報をお知らせします。なるべくそれを踏まえて進むルートを決めてください」
「わかりました、ありがとうございます。あの、ゴキブリの情報はどうやって集めてるんですか? 口コミとかですか?」
「定期的に私が周辺地域を歩いて収集しています」
「クララさんがご自分で、ですか?」
「はい。私はアンドロイドですので、比較的安全に汚染地域を歩くことが出来ます。ゴキブリとの戦闘にも慣れています」
マジで?
「冗談……ではないですよね? 俺、初めてお会いしました。その、アンドロイドのかたに」
「スラムにはほとんどいませんものね。都市部では普及していますよ。護衛や家事、介護、愛玩用などの役割を担っています。ちなみにですが料金をお支払いいただければ、タクヤ様も私をお使いいただけます。試してみる?」
クララさんがにっこりと微笑んで、俺の膝に手を置いた。ワーオ。
「えーと、試すってどういう……」
いろいろ想像してしまう。
「ゴキブリに対する護衛として私がお供をします。道案内もいたします。ただし、料金はかなり頂きますので、現状ではご利用される方はいません」
「あ! そうですよね、護衛用ね。それは安心だなあ」
焦って俺は言った。
「護衛以外のことを試したかったの? タクヤ」
コズエ先生がいつのまにか背後にいた。すげービビった。
「いえいえ! 大丈夫です。ちなみに護衛してもらうには、おいくらかかるんですか?」
「一日1万円が基本料金。アンドロイドは維持費だけで、かなりコストがかかるの。あとね、放射線で故障する可能性があるから、発電所の地下は案内出来ないからね」
先生が目の前のソファに座りながら言った。
「そうですか……。予算的に俺が護衛をお願いするのは無理ですね。でも凄いな。クララさん、人間にしか見えないです。人間離れした美人ではあるけれど」
率直な感想を言ってしまった。
「ねぇ綺麗でしょ、この子。私達付き合ってるの」
先生がクララさんに目配せして言った。
「……そうなんですか。えーと、人間とアンドロイドで。女性同士で」
マジかよワーオ。驚いた俺の顔を見て、先生がおかしそうにして笑った。
「都市部ではけっこういるのよ、アンドロイドを伴侶に選ぶ人」
そう言って、コズエ先生がクララさんの肩を抱き寄せた。クララさんも嬉しげである。すげー世界だな。まさに未来。
「あの……じゃあ俺、そろそろ休みます。明日は早朝に出発しますので」
俺は言った。いろいろあったから結構疲れた。
「私達、相性がよさそうだし、これから長い付き合いになるといいわね?」
「あ、ハイ! よろしくお願いします!」
俺は深々とお辞儀をして言った。コズエ先生はやはり変わった人だった。まあ、悪い人ではなさそうだけど。
キタムラ医院に併設されているアパートの一室に戻った。ベッドに横になって考えを巡らせる。さて、俺は明日からどうやって金を稼ぐべきか。クララさんの話だと、大金を稼ぐには発電所へ行く必要があるということだった。俺のスキルがあれば、放射能に関しては心配をする必要は無い。とはいえ、俺のスキルを一発勝負で試すのはちょっと怖い気もする。最初は放射能レベルの低いところを散策して、色々確かめてから発電所へ向かう。慎重に行くならそうすべきだろう。ただし、時間も金もそんなに余裕はない。俺は部屋の天井をじっと見つめながら考える。
……発電所に行くか。もしスキルがうまく働かないとして、即死するならそんなに苦しまなくて済むだろうし……って、いや違う。俺は死ぬわけにはいかない。マイがスラムで待っていてくれている。金を稼いで、できるだけ早くスラムに戻りたい。そもそもスキルが働くという前提でここまで来たんだった。もう後戻りはできない。
思った以上に体が疲れていたみたいで、目をつむったら一瞬で眠りに落ちてしまった。それで気がつくと次の日の朝になっていた。一泊1000円もしたのに、なんだかもったいない感じがする。でも寝心地は良かったので体力はしっかり回復している。物資を少し食べてから、俺はすぐに出発することにした。
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