第25話
きれいな白い大皿の上に、大量の物資が並べられている。サイズは大きめのクッキーぐらい。そして俺の手元には、グラスに入った透明の液体がある。氷で十分に冷やされている。これはつまり、液体の方の物資だ。紗季さんが淡々と準備をしてくれた。
「……どうぞ、召し上がれ」
紗季さんが無表情で言った。
「いただきまーす!」
マイが無邪気に言って、物資を手にとって口元に運ぶ。ここで俺が
「おいしいおいしい」
マイが口をもぐもぐさせながら俺の顔を見る。俺も一口、思い切ってと言ったらアレなんだけど、食べてみた。……これは。
「美味い。すげー美味い」
俺はしっかりと味わいながら言葉を続ける。
「コメとパンの中間みたいな、シンプルな味がいいな」
「タクヤ、こっちもすごいよ」
マイが液体の物資をゴクゴクと飲み干して言った。俺も飲んでみる。……本当だ。味はほとんど無いけど上質な感じはよく分かる。久しぶりにミネラルウォーターを飲んだような気持ちになった。しかも高いやつ。
「なんか非常に配慮されているというか、飽きないように工夫されている感じがしますね」
俺は言った。ちょっと意味不明な言い方だが。
「うん。あまり味が無いというのは合理的だと思う。これをベースに料理もできるかもしれない」
紗季さんが言った。
「なるほど。俺、汚染地域から帰ってきたら実際にこれ、料理に使ってみたいな。いいですか?」
「もちろん。楽しみにしてるね」
紗季さんがようやく少し微笑んだ。俺とマイが感動して食べまくっているので、ちょっとだけ表情が明るくなってきた。しかしこれ、マジでうまいなあ。市場の屋台飯がむしろクソみたいに思えてきたぞ。みたいな冗談は死んでも言えない。
俺とマイはたらふく物資を食べて飲んだ。そしてその晩は、二人とも紗季さんの部屋に泊めてもらった。紗季さんは教会での立場がだいぶ向上しているようで、俺たち二人を泊めるくらいは簡単に出来るようになっているみたいだ。これだけ美人だし学校と病院でも働いているし、当然といえば当然か。しかしこんな素敵な人が自殺をするなんて、一体何があったんだろうな。恋って恐ろしい。
ありがたいことに俺が汚染地域へ行っている間、マイを教会で預かってもらえることになった。その間は学校と病院で仕事もする。それで食事が出るし、少しだけ給料も貰える。おかげで俺も安心して出かけられる。
紗季さんに物資をもらって、リュックの空きスペースに詰められるだけ詰めた。乾燥しているから、かなり軽い。これらはゴキブリ対策に持っていくわけだけど、道中の俺の食事としても、もちろん使える。食べるのが楽しみだ。液体の方も貰って、ペットボトル3本分詰めた。大事に使って行きたい。
次の日の早朝、俺とマイは教会を出て、スラムのゲートまで並んで歩いた。朝方なので気温はまだ高くない。散歩するのにちょうど良くて気持ちがいい。マイが途中でそっと俺の手を握った。途端に俺はすごい切ない気持ちになった。
「タクヤは頭がいいよね」
つぶやくようにマイが言った。
「いや俺、前の世界でまともに勉強してなかったよ。でもまあ、小学校の時は真面目だったかな」
「九九だっけ。私も小学校でちょっとだけ習ったけど、覚えられなかったの。高学年になったときにお母さんが亡くなって、お兄ちゃんと働くことにしたから。学校へ行けなくなっちゃって」
何気なくマイが悲しいエピソードを
「マイは俺より頭がいいと思うよ。もう少し生活が安定したらさ、少しずつでも紗季さんのところへ通って、勉強してみたら?」
「え! いいの?」
「もちろん。たぶん俺はすぐに追い越されそうな気がするなあ。はっきり言って紗季さんは、俺が習ったどの先生より教え方が上手いと思うし」
「やった! もうもう、楽しみ!」
マイが俺の手を強く握って、ブンブン振り回すようにした。ヤバイ、めちゃくちゃ可愛い。慎吾にこの光景を見られたら、嫉妬で殺されそうだな。
スラムのゲートのそばで、俺はマイをそっと抱きしめた。
「今回は下見みたいな感じだから、すぐ帰ってくるよ」
俺はマイの目を見て言った。
「気をつけて……」
マイの目がウルウルしている。泣き顔も超可愛い。このまま一緒にいたいけど、ここは気持ちを切り替えなければならない。俺はマイに軽くキスをして、後ろを振り返らずにスラムをあとにした。と言いたいところだけど、実は3秒おきぐらいに振り返って、何度も手を振ってマイと別れた。
恋人と離れるのがめちゃくちゃ辛い。幸せにはその代償があるということなのか。生きるのって本当に大変だよな。
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