第22話

「という感じで、汚染地域については否定的な意見ばかりでした。詳しい情報も、ほとんど得られませんでした」

 俺はいま紗季さんの部屋にいて、汚染地域について調べたことを報告している。

「マフィアが汚染地域での仕事を斡旋しているみたい。借金を返済できない人が、無理やりそこへ送られるっていう怖い話も聞いた。あとは、汚染地域の仕事を専門にしているプロもいるみたい。準備と除染をしっかりやれば、普通の人間でも簡単には死なない。ただし、長期的にみれば自殺行為に変わりはない。私が調べた限りはそんな感じかな」

 紗季さんが真剣な顔で話した。

「マフィアか……。紗季さん、けっこう調べてくださったんですね」

 俺は少し驚いて言った。

「教会に付属してる病院があるでしょう? そこはある意味、終末医療というか、行く当てのない人が最後に来る所でもあるの。だから汚染地域で体を壊してここに来る人もいて。私は最近病院でも働いているから、そういう患者さんに少し話を聞けたの」

「なるほど」

「そうそう、今もひとり年配の女性が入院しているんだけど。その人は汚染地域で働いた経験がかなりあるらしいの。今はもう、体がボロボロで死にかけてる。スキルのおかげか、私はその人にかなり気に入られています。タクヤ君もその人に会ってみる? 頼めばたぶん、汚染地域の話をしてくれると思うよ。体は弱ってるけど気力がすごい人で、おしゃべりは大好きだから。シズエさんっていう人なんだけど」

「助かります。ぜひお願いします。でも、死にそうな人なんですよね?」

「その点は気にしなくていいと思う。ある意味すごく元気な人だから」

 紗季さんが笑って言った。

 紗季さんによると、そのシズエさんは果物のブドウが大好物なのだという。なので俺は、手土産に市場でブドウを一房買った。めちゃくちゃ高かったけど、情報料として必要だと思ったのだ。


 教会の裏手に昔小学校として使われていた建物がある。そこが現在、病院として使われている。かなりボロボロだけど3階建てで、部屋数もかなりある。その3階部分の隅っこに、終末医療を受けている人達の病室がある。といっても、実際にはまともな医療を施す余裕は無いので、つまりは死ぬのを待っている人たちの部屋、ということになる。

 紗季さんに紹介されて、俺はシズエさんに挨拶をした。

「あら、美人の友達はやっぱりイケメンなのね」

 シズエさんが満面の笑みで言った。抜け目なさそうな感じの人だ。日焼けした浅黒い顔に、深いシワが刻まれている。年齢はたぶん50代……もっとかな。スラムで長生きするのは相当大変なことだろうと思う。

 俺は自己紹介しながら手土産のブドウを差し出した。それを見て、シズエさんが目を輝かせた。ベッドから半身を起こして「さあおしゃべりをしましょう」という感じになった。やつれてはいるけれど、確かに気力は十分という感じがする。

「汚染地域に興味があるんだって? 怖いもの知らずだね。やめておいたほうがいいけどねえ」

 シズエさんが嬉しそうに早口で言った。

「実際に行くかどうかは別として、とりあえず情報を集めているんです。でもほとんど、うわさみたいな情報しかなくて」

 俺は言った。

「だろうね。あそこへ行って、まともに生きている人も少ないだろうし。私みたいに長年やってた人間もいるけど、わりと秘密主義なところがあるんだよ。分前わけまえを減らしたくないからね」

 シズエさんがズルそうな顔をして笑った。

「ということは、安全にやる方法もあるってことですか?」

「まあそうだね。それなりに方法はある。まずは汚染地域の地理を知らないとね」

 そう言ってシズエさんが、ベッドの下から黄ばんだ地図をひっぱりだした。びっしりと書き込みがあって、すげー使い込まれている感じの地図だ。

「ここからかなり西の方、八王子はちおうじって所に発電所があってね。核融合炉発電だからそれ自体は安全なんだよ。だけど併設されてる地下の実験施設に問題があって、地震の時に放射能が漏れたんだ。汚染がひどいのがこの赤いところ。長居してるとすぐ死ぬよ」

 シズエさんが、地図の赤く塗られているエリアを指さした。発電所を中心にして、けっこう広い地域が汚染されている。

「赤いエリアを避けて、周辺の黄色いエリアでお宝を探すのが理想だけどね。でも最近は取り尽くされているから、無理をして赤に入らないとあまり稼げないだろうね」

「赤のエリアはどの程度危険なんですか?」

「場所にもよるけど、居られるのはせいぜい2時間だろうね。それ以上いると、除染をしても放射能が体に残る。体に放射能が残るってことは、それだけ寿命を縮めることになるからね。自分がどのエリアにどれくらいいたのか、ちゃんと時間を測らないといけないよ」

 シズエさんが言葉に力を込めて言った。とはいえ、俺のスキルが本物なら、そこは気にしなくて良いはずだ。

「除染はどうやってやるんですか?」

「専門の業者が、八王子の手前の国分寺こくぶんじにいくつかあってね、拾った物の買い取りもそこでやってくれる。除染は有料で、けっこうな金を取られるよ。でもこれをケチると確実に寿命が縮まるから。必要経費だね」

 シズエさんがニヤッと笑って言った。


 そのあともシズエさんが、汚染地域について細かく話をしてくれた。思い出話が入り混じってかなり脱線はしたものの、有益な情報が得られた。まとめるとこんな感じだ。

 新宿から出発して、昔中央線の線路があったところを西に歩いていくと、国分寺と、さらには八王子までたどり着くことができる。国分寺には業者が複数いて、除染や買い取りなどを行っている。そこには汚染地域で働く人向けの宿泊施設もある。八王子に近づくにつれ汚染が酷くなるので注意が必要。発電所の内部が最も危険だが、そのぶんお宝が眠っている可能性が高い。

「あとね、汚染地域にはゴキブリの変異種へんいしゅがでるの。放射能のことばかり考えていると、奴らに足元をすくわれるよ。実際、ゴキブリに殺される人も多いからね」

 シズエさんが目を見開いて言った。

「変異種ってなんですか?」

 俺は訊いた。

「汚染地域で生き延びている、デカくて強いゴキブリのこと。何十年も生きてるのがいるって噂だよ。とにかくデカイ、あいつらは」

「シズエさんは見たことあるんですか?」

「もちろん。長年やってたからねぇ。2メートル超えのやつらは迫力があるよ」

「もしそいつらに出会ったら、どうすればいいんですか?」

「あいつらは意地汚いから、食べ物を投げてやればそっちへ行く。そのスキに逃げるしかないね。ただね、変異種のゴキブリはかなり贅沢で、美味しいものしか食べないの。私は生肉を常備してた。お金がかかるけど、命には変えられないからね」

 聞けば聞くほど壮絶な世界だ。スキルで放射能を無効化できても、ゴキブリと戦わなければならないのか。

「それでどうするの、タクヤ君は? 本当に行くつもりなの、汚染地域」

 シズエさんが不敵な笑みを浮かべて言った。

「……行こうと思います。俺、金を稼いで屋台の店を持ちたいんです。ゴミ拾いだけで資金を貯めるのは、ちょっとしんどいので」

 俺は言った。

「そう……。まあ頑張りなさいよ。私は先が長くないし、教えられることは

教えてあげる。いきつけの買取業者も紹介してあげるわ。その代わりと言ってはなんだけど、たまには見舞いに来てよね。毎回ブドウを持ってこなくてもいいからさ」

 シズエさんが豪快に笑って言った。そして、さっきまで一緒に見ていた汚染地域の地図を俺にくれた。非常にありがたい。厳しいミッションだとは思うけど、勝負をかける気持ちに俺はなった。

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