第21話

 現在、一日の稼ぎが平均で500円くらい。一方で支出は、二人分の飯と水代が一日で250円。マイには栄養をつけてほしいので、牛乳とかパンを追加で買うとプラス50円。道具が消耗品なので、毎日50円づつ積立にしている。すると、なんとか貯金できる額は一日150円ということになる。これだとあまり先の見通しが立たない。

 このベリーハードな世界で、生活出来ているだけで感謝すべきかもしれない。ただ、事故や怪我のリスクは常にある。いったんそういう状況に陥れば、あっというまにどん底の生活に戻ってしまうだろう。俺一人ならまあいいとして、マイを飢えさせるわけにはいかない。そのためには、今の仕事を変えなければならないと思う。ごみ拾いだけでは限界がある。

 とはいえ現状、あまり選択肢は無い。思いつくのは屋台を経営することぐらいだ。俺は屋台の主人と仲良くなっているので、経営状態についてもある程度情報を得ることができた。

 平均的な屋台のおおざっぱなイメージ。朝に食材を3千円分ぐらい仕入れて、50円くらいの料理を夕方までに100食売る。すると、一日の売上が5千円になって、利益が2千円出る。毎日営業すると、月の儲けが6万円。場所代が最低月に2万円はかかる。良い場所は賃料が跳ね上がる。燃料費は電気式で、バッテリーを充電するたびに金を払う。これが月々5千円。それに加えて、市場で仕事をするなら、ヤクザにみかじめ料を払う必要があるそうだ。これが5千円。すると純粋な利益が3万円。ただし、これはかなり理想的な数字だ。今は食材費が高騰している上に、景気が悪いから客も減っている。人気の無い店には全く客が来ない、ということもありえる。赤字になって廃業をした屋台主もかなりいるようだ。

 俺は前世で料理部だったし料理には自信がある。家でも晩飯をしょっちゅう作っていて、安い食材で旨い料理を作る、というのが俺の日頃のテーマだった。残り物とか、スーパーのおつとめ品で美味いものを作る事に、生きがいを感じていた。その知識は屋台の仕事に活かせる部分もあるだろう。

 あとはどんな料理で勝負するかなのだが、俺はカレーで行こうと思っている。現状、市場の屋台は麺類が圧倒的に多い。つぎにどんぶり飯。あまりバリエーションが無いし、一部の店を除いてあまり美味くない。というか、はっきり言って不味い店が多い。みんな安い食材を使っていて、しかも油ギトギトで、食文化に関して言えばこの未来世界はかなり退化していると思う。過去から来た俺のほうが、よっぽど舌が肥えているはずだ。

 俺はこの世界に来る前、秋の文化祭に向けてカレーの研究を慎吾と毎日やっていた。部員が少ないせいでエアコンが禁止された家庭科室で、汗を流して味を極めようとしていた。そのレシピを使って勝負したい。

 あとは開業するための費用だが、まずは屋台の株を買わなければならない。これは市場の組合に払う敷金みたいなものだ。それが3万円。一番簡単なリヤカーを改造した屋台が、中古で2万円くらいで売られている。この屋台は、煮炊ができるように道具一式がついている。バッテリーをセットすれば、すぐにコンロを使える。こいつがあればすぐに営業を始められるけど、恐らく最初のうちは知名度が無いし、ほとんど利益が出ないだろう。ある程度資金に余裕が欲しい。最低でも10万円は用意したい。

 ごみ拾いで10万円貯めるには……。ひと月約5千円貯金するとして、……20ヶ月もかかるのかよ。無理ではないけど途方もない。これはやはり、汚染地域に行くことを考えるべきだと思う。

 ただ、汚染地域に行くことについて、当面マイには黙っていることにした。マイのお兄さんは汚染地域でごみ拾いをした結果、命を落としている。俺が同じことをするといえば、マイを相当心配させることになるだろう。スキルで放射能汚染に耐性があるということを、マイにどうやって説明してよいのかもわからない。信じてもらえない可能性も高いだろう。


 ゴミ山でタケルに会ったときにマイを紹介した。お互いに斉藤商店とかで顔を見たことはあったらしい。2人はすぐに仲良くなった。俺はタケルに、仕事に関して相談をしたいと言った。夕飯をおごるという話にしたら、タケルは喜んで約束をしてくれた。ちょっと男同士で話したいんだ、と俺はマイに言った。「私も一緒に行きたい」と言われたらどうしようと思っていたけど、マイは一言「わかった」と言って微笑んだ。ほんと素直な子だ。いつも俺の言うとおりにしてくれる。汚染地域の件を秘密にしていることが、なんだか後ろめたい……。


「兄ちゃん……やめときなよ。あそこは割に合わないから」

 タケルが真面目な顔で言った。どんぶり飯を食う箸の動きも止まっている。

「うん。いや、今は情報を集めてるだけだよ。リスクが相当高いのも分かってる。ただ、どれくらい稼げるものなのか知りたいと思ってさ」

 俺は努めて明るく言った。心配そうなタケルの顔を見て、申し訳ない気持ちになった。

「一日で1万円稼いだとか、時々自慢げに話してるやつはいるよ。汚染地域で大金を稼いじゃうと、ゴミ山で働くのが馬鹿らしくなるってさ。それで繰り返しやってるうちに体を壊して、病院に行く間もなく死んじゃうっていうイメージかな」

 タケルが眉をひそめて言った。

「汚染って、放射能汚染のことなんだよな?」

 俺は訊いた。

「そうだよ。西の方に発電所があるんだけど、そこから放射能が漏れてるらしい。だから、そこに近づけば近づくほど危ないね。それで人が近づけない分、金目の物も残ってる。だけどゴキブリも多いし、運が悪ければすぐに死ねるよ。命をかけたギャンブルみたいなもんだね。なあ兄ちゃん、マジでやめたほうがいいぜ。マイも心配すると思うよ」

 やたらと親身にタケルが言ってくれる。何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。これ以上聞くのも申し訳ないので、俺は話題を変えることにした。

「ところでタケルはさ、女の子と付き合ったことってある?」

「は? あるわけないじゃん。金も無いのに」

 タケルがほっとした顔で笑った。

「あのさ、俺、マイにベタぼれなんだけど。可愛い上に性格がいいだろ。近いうちに告白するつもり」

 俺は言った。タケルにはなんでも話せてしまう気がする。

「マイちゃんね、可愛いよね。大人しいし。まあ、兄ちゃんならいけるんじゃない?」

「そう思う? だといいんだけどな。でもさ、そのためにも金を稼ぎたいんだよ。もう少しまともな生活がしたい」

 俺はつぶやくようにして言った。

「でもさ、死んじゃったらおしまいだぜ? じゃなくても、病気になったらよけいに金がかかるし。マイは優しい子だから、別に金が無くたって文句は言わないと思うけどな」

「そうだよな。危険を犯す意味はないよな」

「そうそう。安全にいこうぜ、安全に」

 タケルが頷きながら言った。確かにそうだ。安全に行かなくては。ただ、安全に大金が稼げるとしたら、それを逃す手はない。それにゴミ山で働くことだって、俺の感覚で行けば危険だらけだからな。どうせ命をかけるなら報酬が大きいほうがいい。


「ただの調査なんだよな? 本当に汚染地域に行こうってわけじゃないよな?」

 ほとんど怒ったような顔でゴミヤさんが言った。夕方、ジャンクヤードに行ったついでに、俺はゴミヤさんと話をしている。マイは先に帰してある。

「やっぱり汚染地域ってヤバイんですかね? みんな稼ぎに見合わないって言ってますけど」

 俺はちょっとおどけた感じで言った。ゴミヤさんが思っていた以上に心配顔だ。

「よっぽど緊急で金が要るやつか、後先考えてないやつだな、あそこへ行くのは。だがまあ、金に余裕がある人間なんてスラムにはほとんどいねえ。どうしても行くしかない、ってこともあるだろう」

「ゴミヤさんは行ったことあるんですか? 汚染地域に」

「……ある。昔、この工場の経営がキツかった時に、何度かな。そのせいで体を壊したよ。今は薬が手放せねえ。変な頭痛に苦しめられるときもある。だからやめときな、お前はせっかく丈夫な体があるんだからよ」

 なんだか辛そうな顔でゴミヤさんが言った。そして俺に、金が必要なら少しは割のいい仕事を回してやれるぜ、と言ってくれた。この人は普段かなり金にシビアなのだが、気に入った人間にはかなり親身になってくれる。これ以上心配をかけるのも悪いので、俺はお礼を言って工場を後にした。

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