第20話

 マイの体は相当弱っていた。友達を失ったために、生きる気力みたいな物がだいぶ失われていた。それでもマイは俺に促されて、無理やり体を動かした。ぎこちない笑顔を浮かべて、本当に辛そうで、俺は凄く申し訳ない気持ちになった。だけどたぶん、思いっきり体を動かしたほうが、悲しい気持ちから離れられるかもしれない。そう思って、少し可哀想だけど、マイを急かすようにしてゴミを一緒に拾いつづけた。

 最初はリハビリみたいな感じで、ゆっくりのペースで働いた。マイは食欲も無かったけど、早く体力を戻して欲しいので、頑張ってたくさん食べてもらった。牛乳が安い時はなるべく買うようにした。お金がかかるからマイは嫌がったけど、天気が悪い時はマイだけ、簡易宿で寝てもらうことした。ベッドで寝ると体力の回復っぷりが全然違う。

 それで、1週間もしたら、だんだんとマイの顔がふっくらしてきた。目の中に光が戻ってきた。俺のくだらない冗談に、素早くツッコミを入れて来るようになった。それで俺はようやく、少し安心することができた。

 ふっくらしてきたマイは、また一段と可愛い。可愛い女の子と一緒にいるだけで楽しいし、嬉しい。俺はずっとくだらない冗談を言っている。マイはいちいち笑ってくれて、なんだろう俺、幸せすぎる。この世界、ベリーハードだったよな?

 相変わらず貧しいので、俺たちは橋の下とかで、大勢と一緒に雑魚寝をしている。いろいろ工夫はしているけど、寝心地はよくないし、疲れがうまく取れないこともある。だけど毎朝「タクヤおはよう」と言って、マイが笑顔で俺を起こしてくれる。そのたびに俺は、今日も頑張って稼がないとな、と心の底から思う。この世界に来て、こんなに前向きな気持ちになったのは初めてだ。


 午前中は黙々と働く。マイはさすがに年季を積んでいるので、目の付け所が違う。カーゴからゴミが落ちてきた瞬間、どこらへんを狙ってごみ拾いをすべきか、一瞬で判断できるようだ。俺はマイの指示に従って仕事をすればいいから、だいぶ効率が良くなった。特にめぼしいものがあったら、身軽なマイがさっと走って行って一人で取ってくる。俺は重いゴミひっぱり出したり、運んだりする。お昼前には4つか5つのゴミ袋がいっぱいになる。それをジャンクヤードで売却してからお昼ご飯にする。

 マイとおしゃべりしながら飯を食っていると、これまた非常に幸せを感じる。俺はこの世界に来るまで、一度も女子とデートをしたことがなかった。それが今や、こんな可愛い子と一緒に寝起きをして、働いて、飯を食って。生活はシビアだけど立派に青春している。今の俺を慎吾が見たら、たぶん相当羨ましがるんじゃないか。あいつは純愛タイプだったしな。

 昼時になって屋台が混んで来たら、俺達は再びゴミ山へ向かう。午前中の稼ぎが良かったら、ちょっと力を抜いて、まったりと仕事をする時もある。そんな時はマイが昔の話とか、ゴミ山のうんちくを俺に話してくれる。それもすげー楽しい。

 カーゴがまた空を飛んできて、ゴミをザザーっと山の上に継ぎ足した。

「あ! 文房具!」

 そう言ってマイが勢いよく走り出した。よくこの距離で見つけるなあ。マイはかなり視力が良い。

 子供向けの文房具が、ほぼ新品で捨てられていたようだ。マイがゴミ袋にせっせとそれらを詰め込んでいる。

「でもそれ、工場で買い取ってくれるかな?」

 俺は訊いた。

「あのね、斉藤商店か普通の雑貨屋さんで買い取ってくれると思うよ。もし駄目でも、小さい子にあげたらとっても喜ぶと思うの」

 マイが満面の笑みで言った。可愛い。天使。

 午後はそんな感じでぼちぼち働いて、日が傾いてきたら仕事を切り上げる。暗くなって視界が悪くなると、効率も落ちるし怪我をするリスクも増える。


「全部で450円か……。思ったほどいかなかったな」

 手の中の小銭を見つめて俺は言った。俺たちは今、ジャンクヤードでゴミを売ってきたところだ。

「ごめんね。あんまり私、拾えなくて」

 マイがすまなそうにして言う。

「いやいやいや! そんなこと無いから。マイのせいじゃないし。というか、マイのおかげでスゲー助かってる本当に」

 俺は慌てて言った。

「タクヤ……ありがと」

「え、何が?」

「一緒にいてくれてありがとう。ごみ拾いしようって言ってくれて、ありがとう。私、ユキがいなくなって、もう何もできなくなってたから……」

 マイがうつむいて言った。

「マイ、俺こそありがとうだよ。すごい感謝してる」

 俺はマイの顔を覗き込んで言った。

「わたし……全然役に立ってない」

 マイが肩を落として首を振った。

「マイと一緒に働いてると、俺は本当に生きる気力が湧いてくる。生きてて楽しいって思えるのは、本当に久しぶりでさ、マジで嬉しいよ。俺この世界……じゃなくてこのスラムに来て、生きるのに超必死で。ゴミは拾えるようになったけど、だんだん心が疲れて、擦り切れるみたいな感じになってたんだ。俺もさ、あのタイミングでマイに会えてなかったら、結構ヤバかった。これは嘘じゃない。ほんとうだよ」

「うん。タクヤ、ありがとう……」

 マイがうつむいたまま涙を流した。俺はちょっとためらったけど、マイの肩を少しだけ、抱き寄せるようにした。そうしたら、マイが俺の胸元に頭をつけて、結構激しく泣いた。小さいマイの体が震えている。やばい。この子を俺は、絶対に守らないとな。俺の生きるモチベーションが、今、むちゃくちゃに高まっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る