第19話
ゴミ山の空気はメチャクチャ悪いわけだけど、体を動かして働くのは割と気持ちが良い。道路工事とかのバイトも俺は結構好きだったけど、今の仕事は頑張った分だけ報酬がもらえるわけで、やりがいも一味違う。慣れてくると効率も上がって来るので、結構ノリよく仕事ができるようになった。ただ、他人と競い合ってゴミを拾うというのが精神的に結構きつくて、これはたぶんずっと慣れないだろう。小さい子や老人に遠慮しすぎると、俺の収入が無くなってしまう。スゲー心苦しいけど、生きて行くためには仕方がない。
毎日、朝早くから必死に働いて、休憩を兼ねて早めの昼飯を屋台で食べる。腹が減っているので、シンプルなうどんが死ぬほど旨く感じられる。これが今の俺の、唯一の楽しみかもしれない。いきつけの屋台の店主と仲良くなって、会話も弾むようになった。
「一度、中央市場の屋台村に行ってみるといい。あそこが一番賑わってるからな。店の種類も多いし勉強になるだろう」
と屋台の店主が言っていた。
というわけで、俺は午前中の稼ぎが良かった日に、午後は休みにして中央市場へ行ってみることにした。
中央市場という名前は立派だけど、結局はスラムの市場なわけで貧しい感じは否めない。景気も悪いから活気もそれほど無い。とはいえ、ゴミ山の近くとは違ったにぎわいがある。見ているだけで結構楽しい。市場の片隅に屋台村があって人が集まっている。ここに名物のラーメン屋があって、安くて美味いと評判らしい。俺はそいつを食べてみようと思っていた。
ラーメンは一杯で30円だ。細切れの野菜がたっぷり入っている。たぶんこれは、市場の売れ残りとかを上手く使っているんだろう。肉もちょっとだけ入っている。これで30円は破格だ。濃いしょうゆ味のスープがまた美味い。空きっ腹の胃に、塩気がじんわりと染み渡って行く。俺は一通り食ったあと、大いに満足して深く息を吐いた。マジで来て良かったな。
この店だけ人だかりがして大繁盛している。それも納得だ。これだけ大盛りで美味ければ、遠くから来るかいもあるだろう。
屋台村の外れに小規模なごみ捨て場があって、そこで子どもたちの集団がたむろしている。彼らはそこでゴミを拾いながら、屋台の食べ残しを狙っているようだ。そういうのを見ながら飯を食うのは結構しんどい。こういうのも俺はたぶん、ずっと慣れないだろうな。
子供たちの表情を遠目に見つめてみる。なんだかみんな元気がない。景気が悪いから、子供たちに回るおこぼれも少なくなっているのかもしれない。
……あれ? 知っている顔がいる。あれはマイだよな。この世界に来た時に、俺をスラムまで案内してくれた子だ。
即座に駆け寄りたい気持ちになったけど、俺は思いとどまった。マイの表情がやたらと暗い。残飯を狙う子ども達の中にいて、一人だけじっとうつむいて微動だにしない。そのうちこちらに気がついてくれるかも、と思って俺は屋台の席に座り続けた。だけど30分位たっても、やっぱりマイがほとんど動かない。表情も固まっている。
俺は飯の金を払って立ち上がった。その瞬間、子ども達が俺の残したラーメンの汁に群がる。それを横目に、俺はゆっくりとマイに近づいた。怖がらせないようにしないとな。
マイから2メートルくらい離れたところで、俺はしゃがみこんだ。
「マイ、おーい、マイ?」
声をかけたけど反応が無い。
「マイ、俺のこと覚えてる?」
少し近づきながら俺は言った。マイがようやく気づいてくれて、顔を上げて俺の顔を見た。だけど、なんだか目がうつろだ。
「俺のこと覚えてる? タクヤ。一ヶ月ぐらい前に、ゴキブリに襲われてたところをマイに助けてもらった。それからスラムに案内してもらったよね」
「……タクヤ」
マイがつぶやくようにして言った。
「マイ、元気なさそうだな。大丈夫?」
「うん」
とは言うものの、どうみても大丈夫じゃない。顔色も悪い。たぶんあんまり飯も食えてないんだろう。俺は市場の方へひとっ走りして、砂糖がかかった甘いパンと、ちょっと高かったけど紙パックの牛乳を買った。そして市場の片隅にマイを座らせてパンを食べさせた。
「……おいしい。タクヤ、ありがとう」
マイが微笑んで言った。でも表情が弱々しい。
「これも飲んで」
「え、いいの? すごい、牛乳だ……」
マイが目を細めて嬉しそうにした。そして、牛乳をゆっくりとストローで飲んだ。
「ごちそうさま。はぁ……こんなお腹いっぱいなの、ひさしぶり」
「飯、食えてないの?」
俺は訊いた。
「うん、あんまり」
「ゴミ拾いの仕事は?」
「……あんまりやってない」
「どうして?」
俺がそう聞いたら、マイがちょっと泣きそうな顔になった。そのままじっと黙っている。なにかあったのか。
「マイ、俺は頼りないかもしれないけど、よかったら話を聞かせて欲しい。前にも言ったけど俺、マイを見てると自分の妹を思い出すんだ。そんなに悲しそうな顔してたら放っておけないよ」
心からそう思って言った。
「うん……」
マイが俺の顔をじっと見つめて、せつなそうな表情をした。ヤバイ。今こういう事を思うのは不謹慎だろうけど、やっぱりこの子むちゃくちゃ可愛い。すげードキドキする。
マイがそのあとぽつぽつと話してくれた。俺をスラムに案内したあと、マイは待ち合わせをしていた友達と落ち合う予定だった。その友達の名前はユキ。しかし、いくら待っても待ち合わせ場所にユキが現れなかった。ユキはマイの幼馴染で、マイのお兄さんが亡くなるまで、3人でずっと一緒に暮らしてきた。お兄さんが亡くなって、二人の暮らしはかなりきつくなったけれど、助け合ってなんとか生きてきたそうだ。
マイは必死でユキを探した。しかし全く見つからない。手がかりもない。ただ最近、スラムの近くでゴキブリに殺された女の子がいる、といううわさを聞いた。それがユキかどうかは確かめようがない。確かめたくもなかった。2週間ほど必死に探したけれど、ユキは見つからなかった。マイはどうしようもなく、探すことを一旦諦めた。そしてマイは一人になった。
「もうお金もないし、一人でゴミ拾いをしなきゃって思ったの。でもなんだか気が抜けちゃって、どうしても体が動かなくて。それで市場に来て、食べ残しをもらったりしてたの……」
マイが涙をこらえながら言った。俺も、もらい泣きしそうだ。
「その……ユキちゃんはさ、まだ見つかるかもしれないじゃん。きっと何か事情があって、マイに会えてない可能性だって全然あるよ。だからさ、マイもここは頑張らないと。友達がいなくなって、ぐったりしてんのは分かるよ。気力がなくて、ゴミ拾いしたくないってのもすげー分かる。自慢じゃないけど俺もさ、ここに来てからけっこう大変だったんだ」
俺はスラムに来てから今までの事をマイに話した。なるべく暗くならないように、少しは笑えるように話した。マイは時々俺に質問をしながら、熱心に話を聞いてくれた。
「あのさ。俺、ゴミ拾いに少しは慣れてきたけど、まだまだわからないことがたくさんあるんだ。それでさ、もしよかったらだけど、俺たちでチームを組まない? マイはユキちゃんとチームを組んでたんだろ? チームでゴミを拾ったら効率が良いだろうとは、俺も思ってたんだよ。マイのほうが断然先輩なわけだから、いろいろ教えてもらえたらすげー助かる。その分、俺が出来ることは必死にやるからさ。頼むよ、お願いします」
まくしたてて言った。一瞬の思いつきで言ったけど、我ながら良い案だと思った。とにかく今のマイを放っておけない。マイは目を伏せて考えるようにしている。
「私、体が小さいからあんまりゴミを拾えないよ。体力も無い。たぶんタクヤの迷惑になっちゃうと思う」
「そんなこと無い無い! ほら、あの、いろいろ助け合えると思うんだ。あとさ、正直に言うと俺、一人でゴミを拾ってるとスゲー虚しいと言うか、寂しい気持ちになる時があってさ。マイがそばにいてくれればたぶん俺、やる気が全然違うと思うんだ。本当に! お願いします!」
必死になって言ってしまった。勢いがありすぎて、マイを怖がらせていないか心配になる。だけどマイの顔を見たら、ちょっとおかしそうにして、穏やかな表情になっていた。
「そうしたら私こそよろしくお願いします。だって私、
そう言ってマイがにっこりと微笑んだ。うわぁ……スゲー可愛い。笑顔が美少女すぎる。もう、これは恋だ。俺はマイがすごい好きだ。だってさ、このやせっぽちの子が、ビスケットを2枚、見ず知らずの俺にくれたんだよ? それで十分良い子だってわかってるし。そしてそのうえ、小さくてメチャクチャ可愛い。この子のために、なにか出来ればと俺は思う。
……だけどまてよ、テンションは抑えて行こう。ここはベリーハードな世界なんだからな。恋に浮かれて、足元をすくわれるわけにはいかない。マイのためにも俺は、慎重に稼いで行きたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます