シニガミ・レクイエム!

カルマ

『しがない死神だよ』

「ッ――――!」


 ひたすらに走る。息はとうに切れていた。ふくらはぎの筋線維一本一本が悲鳴を上げる。


 わかっているのは何かに追われているということだけである。人間とは思えない金切り声が後ろから耳をつく。僕――瀬月秋冬せつきしゅうとを走らせているのはその金切り声の主に追いつかれてはいけないという本能的な危機感と純粋な恐怖心だけだった。


 我も忘れてはしっていたせいか、もはや自分がどこにいるのかもうわからない。家に帰るのも大変そうだ―――まあ、帰れるかどうかも分からない状況なのだが。


 ひたすらに、走る。月明かりすらない夜の帳がより一層僕の恐怖心を責め立てる。


 走る以外に何かできるほどの余裕はないが、しかしあの金切り声の主の正体はきになるので少しだけ振り返る。


「—————————」


 それは何にも形容できない、表現することもできない『闇』だった。黒い煙に包まれた、人型のような形をしたなにか。その黒は僕の身長をも超えて煙を上げていた。

 それは恐怖。人が近づいてはいけないなにか。

 それは暗黒。何もかもを染め上げる黒いなにか。

 

 変わり映えしない住宅地を駆け抜ける。そろそろ体も限界を迎えていた。

 脚はもう気力だけで動かしているようなものだし、肺もひどく痛い。吐血でもしそうだ。

 

 しかしそんな苦しい思いも、絶望という形で終わりを迎える。

 前方にもう道はなかった。あるのは、コンクリートで作られた塀だけ。どこにももう逃げることはおろか走ることさえできない。

 

 恐る恐る振り返る。そこには金切り声の主がいた――――いや、あった、だろうか。

 

 もうもはやその黒に形容など必要ない。それは完璧な闇であり、そして黒である。


「—————っ」


 息を呑む。

 もうどうしようもない。

 腰が抜け、尻が固いコンクリートにつく。


 そしてきっと僕は――――――呑まれる。


 金切り声は先ほどの比にもならないくらいに大きくなり、同時にその黒も視界を埋め尽くしていた。


 そうか。


 僕はこうやって――――――――――


×××


———願うか。

———祈るか。

ならば捧げよ。精神を、体を、現世での行いを。

ならば捨てよ。精神を、体を、現世での因縁を。


―――そうか。

では承った。お前の願いは受理された。

そして、お前の精神は神のものとなるだろう―――


×××


「……………」

「起きた?」


 ふと、目を覚ます。どうやら僕は死んだらしい。


「いや生きてるじゃん?ちゃんと目覚めて生きてるじゃん?」

「いや、だって目覚めたら見知らぬ女の子に膝枕されてるとか、死亡ものでしょ。なにここ、天国?あなた女神様なの?それとも閻魔大王は女性だった?」

「違うよ、ちゃんと生きてる。まあ半分死んだようなものだけど……けどちゃんと生きてるよ」


 そういって彼女は微笑む。その姿は何とも清楚で、綺麗で、なんとなく懐かしいような顔だった。

 肩にかかるくらいに少し伸びた黒い髪はつやががかって月明かりに照らされて何とも魅力的だった。そして何よりも特徴的だったのは真っ赤に透き通った綺麗な瞳だった。


「ええと………それで半分死んでるっていうのは……どういうこと?」

「んーなんていえばいいかな…」


 そう言って彼女は顎に手を当てる。そういう仕草一つ一つが可愛かった。


「君はさっき黒い何かに追われていたでしょう?」

「お、おう。あれは何だったんだ?」

「あれは死霊っていう人の魂の成れの果て。君は一度あの死霊に魂を喰われたの」

「な、なるほど……それじゃあ僕は今なんで生きているんだ?」

「君の魂は一度喰われた。だけど君の魂が消化される前に私があの死霊を切り離したんだ。だから君は生きてる」


 つまり僕はあのよくわからないのに魂を喰われたわけだが、消火されるまえにこの少女に助けられたというわけだろうか。

 膝枕のままでも僕は構わないけれど、さすがにずっとこのままにいるわけにもいかないので、僕は上体を起こす。そして彼女に向き合った。


「その、つまり君が僕を助けてくれたってことかな?」

「まあ、ありていにいえば、そうだね」

「ええと、その、ありがとう」

「いや、感謝する必要なんてないよ。それに私は君を完全には助けていない」

「ど、どういうこと?」

 

 すると彼女は先ほどまでの微笑んだような顔から真面目な顔に表情を切り替える。


「君の魂は消化されてないからしっかりと残ってる。だけど君の体とつながっているわけじゃない」

「?そしたらなんでいま僕は意識があるんだ?」

「ええとね、人には体と魂をつなぐ道があるんだけど、今の君はその道が切れてしまっている。だから私の道と共用で繋げてるってかんじかな」

「な、なるほど……?つまり僕の魂と体を繋げている道は君のものと共用になったってことかな……?」

「そうだね。そういうとらえ方でいいと思う」


 ならばなおさら僕はこの名も知らない少女に感謝しなければならないじゃないか。


「ふぅ、説明疲れちゃった。今日は私もう帰るね。まだまだ説明しなくちゃいけないことはたくさんあるけど、それはまた明日」

「あ、ああ……」


 そう言って、彼女はベンチから立ち上がった。

 そうだ、名前。名前を聞かなくちゃ。まだ教えてもらっていないじゃないか。


「え、ええと君の名前を教えてくれないか?」


 僕がそう問う。

 一瞬彼女は複雑そうな顔をするが、しかしすぐに先ほどの微笑みで僕に応答してくれた。


「そういうのってまずは自分から名乗るものじゃないのかな……?」

「ああ、ごめん…。僕は瀬月秋冬だ」


 僕の自己紹介に、彼女は満足したかのようにフフッと笑った後、口を開いた。





「私は空野夕からのゆう。しがない死神だよ」



 

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