あいすばとる

奈浪 うるか

Battle of balcony

灼熱しゃくねつ縁側えんがわには炎熱えんねつの大気を切り裂いて冷気を放つかき氷。カレーを食べるような大振りなスプーンが一本添えられている。


俺の名は夏の日お盆。このかき氷を前に闘志をみなぎらせる。


俺とかき氷を挟んで向かい合ったスイカは気の強そうな瞳で俺をにらんでいる。ミニスカートで膝立ちになり、今にも飛びかかってきそうだ。


裂帛れっぱくの気合がむせ返る空気をピリピリさせる。


額を流れ落ちる汗を気にかける余裕はない。ジリジリと肌の焼ける音だけが聞こえる。


刹那せつな、セミがジッという声を放って飛び立った。


「じゃんけん、ホイ!」


不意をつかれるとスイカはパーを出す癖がある。


「っ!」


俺はにやりと笑みを浮かべるとスプーンを手に取る。スイカは悔しそうに形のいい口を開ける。


それがルールだ。


スプーンいっぱいに盛った氷をその口に差し込み、最後に急激に止めると氷は喉に飛び込んだ。


「!!!」


スイカは最初口を押さえ、その後こめかみを押さえて座り込んだ。


「けほっ、けほっ」


むせ返りながらうっすら涙を浮かべて俺を睨みつけると、もとの膝立ちに戻る。


「じゃんけんぽん!」


負けた。素でやるとこいつはじゃんけんがかなり強い。


さっきの涙をまだ浮かべたままニタリと笑う。けっこうな形相ぎょうそうだ。スプーンを氷の中で巧みにくるりと回転させて大きな氷塊を作ると、間髪入れず俺の口に放り込んできた。


う。これは蜜のかかっていないところだけ固めてある。甘みのない氷は予想以上に精神的なダメージが大きい。俺は奥歯をギリッと噛み合せた。


一口目の遺恨いこん双眸そうぼうに浮かべ、スイカと俺は睨み合った。


「じゃんけん」


ここで一瞬、横目で庭を見る。


スイカがつられて庭に視線を移す。


「ぽん」


移しながらスイカはそのままチョキを出す。俺はスイカの視界の外でそっとグーを出した。


「い、いま後出ししなかった?」


「負け惜しみか? 小さいな」


ちなみにスイカはいろいろ小さい。そして見ての通り気が強い。ので小さいと言われると冷静さを失う。


ここまで作戦通りだ。


「くっ。まだ全然平気なんだから」


いいながら口を開ける。俺はスプーンに氷を盛った。軽く二山に分けてある。


スイカが悔しそうに開けた口に食べやすいぐらいの氷を入れてやる。蜜のかかった美味しい部分だ。その甘味に少し表情がやわらぐ。本来かき氷は美味しいのだ。


そして、人はものを食べるとき鼻から呼吸をする。そのタイミングに合わせて俺は二山めをスプーンの先端で跳ね上げた。


「んんっ!!!」


スイカは盛大に氷の粉を吸い込んだ鼻を押さえてもんどりうった。


パンツが丸見えだ。


「ふー! ふー!」


しばらく鼻を押さえて猫のようにうなっていたがやがてじっと黙り込み、ものすごい目をして戦闘姿勢にもどった。鼻からつららがたれている。


やりすぎたかなー。


「じゃーんけーん」


うん、やりすぎた。


「ぽん」


スイカはスプーンを右手でつまむと、ネズミを追い詰めた猫のような目でニターっと俺を見て、かき氷の入った鉢をスプーンで器用に持ち上げた。


そういえばこいつは高校で新体操をやっていた。


器用に鉢を運び、そして傾けて俺の口に突っ込む。おびただしい量の氷が口に突っ込まれた。


ぐあ。


獰猛どうもうな笑みを浮かべながらマウントをとらんばかりの勢いでのしかかってくる。冷たさで意識が朦朧もうろうとしかける中、スイカがその小柄な体を支えるためについている左手を足で払った。


「ひゃ」


バランスを崩して俺の上に倒れ込む。


すかさず唇を奪って、氷を半分押し込む。


「んーんーんー」


「んー」


「ん」


すぐに抵抗をやめる。かき氷が甘い蜜になっている。


このあとめちゃくちゃ ……


☆☆☆


「え?だからわたしの名前は『みぞれ』なの?」


セミの騒がしい縁側で、両親から出生の秘密を聞いたわたしはのけぞった。


「ほんとは宇治金時うじきんときを注文したんだけどねー、売り切れてて」


一筋の冷や汗が背中をつーっとなぞった。


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あいすばとる 奈浪 うるか @nanamiuruka

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