第44話 日焼け止め

 太陽が世界を焼く。

 心は海水浴用のパーカーや帽子の隙間から差し込む日差しを肌で感じる。

 日差しは強いが、風も多少あるので幾分か過ごしやすい。

 心は帽子が風で飛ばされないように手で押さえながら周囲を見渡した。

 時間帯のせいなのか、ビーチには人がまばらにいるだけで混雑はしていない。

 今なら場所取りで苦労する事なんてないだろう。

 心は振り向いて、背後から着いて来た純を見る。

 純は心と色違いのパーカーを羽織っており、その下にはラッシュガードを着用している。

「純さん、この辺にしようよ」

「うん、ならここらにパラソルを立てるか」

 純がパラソル、心がシートを準備した。

 出来上がった日陰に身を置くと、火照った身体が僅かに癒される。

 シートに座り込んだ心は思わず息を吐いた。

「ふーっ」

「大丈夫か? 熱中症になるといけないから、水分は取るんだぞ」

 心は純が取り出した飲み物を受け取ると、お礼を言って飲み始める。

 ペットボトルの水が心の口へと流れると、それに合わせて彼の喉が小さく動く。

 純はその様子を思わず見つめてしまった。

 慌てた純は海の方を見る。

「今日は暑いな。海で過ごすにはいいんだが」

「そうだね。パーカー脱いで入ったら、日焼けしちゃいそう」

「なら――」

 純は「予備のラッシュガードがある」と言いかけた。

 しかし、隣に座る心を見て純は言葉を呑み込む。

 足を崩して座る心は、純と視線が交わると足の近くに置かれたボトルを指で叩き、トントンと音を奏でる。

 普段と違い艶やかさを宿した心の顔と、彼が叩く日焼け止めのボトル。

 ここまでされれば純にも心の意図がわかった。

「日焼け止め、塗ろうか?」

「……お願い」

 心の声は囁くような小さいものだったが、それでも純にははっきりと聞こえた。

 心はパーカーを脱ぐと、素肌を晒してシートに横たわった。

 うつ伏せになった心の無防備な背中は、薄っすらと汗ばんでいる。

 純はタオルで心の汗を拭くと、日焼け止めを自分の手に垂らした。

「今から塗るぞ」

「うん」

 純の手が心の肌に触れる。

「ひゃっ」

 心は日焼け止めの感触に驚いてしまった。

 これには思わず純も笑ってしまう。

「ふふっ」

 純はついさっきまでの心を見て、夏や海といった環境が恋人を変えるなんてこともあるのだと思ったが、変化は本当に一時的なものでしかなかった。

 そもそも、変化ですらなかったかもしれない。

「もしかして、無理して誘ったのか?」

「~~~~っ」

 図星だったらしい。

 心は暑さではなく、恥ずかしさで顔を赤くする。

「……せっかくだし、こういうのやってもらおうかなって思って」

「私は、心が誘ってくれて嬉しかった」

 恋人がリードしてくれなければ、こんな状況にはならなかっただろう。少なくとも、純は自分から「日焼け止めを塗ってあげよう」なんて言ったりしない。

 そんなことを考えながら心の背中に日焼け止めを塗す。

 先程の着替えで、心の体は意外に筋肉質だと知ったが、実際に触れてみるとよくわかる。

 見た目は少女に近くとも、彼は男子なのだと、柔らかな肌の下にある肉体が教えてくれるのだ。

「ふ、ふふっ。くすぐったい」

 日焼け止めを塗り広げていると、心が少しだけ笑った。

 他人に背中を触られる事なんて滅多にない。

 心は不慣れな感触に、身を震わせた。

「すまない。変な触り方をしてしまった」

「んーん」

 普段はあまり身体を触れ合わせないだけに、こういった行為での加減がわからない。

 加えて、純にも微かだが、心に触れたいという気持ちがあった。

 だが、たとえ恋人、同性であっても身体をべたべたと触るわけにはいかない。

 純は日焼け止めにムラがないよう手早く整えて、心の背中から手を離した。

「ありがとっ」

 起き上がった心は、手を拭く純を見る。

「今度はぼくが塗ってあげるよ。さあ、純さん――」

「私はラッシュガードを着ているから大丈夫だ」

「ならお顔に――」

「そのくらいは自分でやるさ。心も忘れずに塗っておくんだぞ」

「むう」

 心はチャンスを逃したという表情で頬を膨らませた。

 純としては心に塗ってもらいたいという気持ちが無いわけではなかったのだが、今心に身体を触られたら自分の情緒がおかしくなるような気がした。

 純は心の視線から逃れるように再び海を見る。

 気温以外の熱が身体の内側からこみ上げてくる純は、心の支度が済んだら海に入って頭を冷やそうと思った。

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心のままに じゅき @chiaki-no-juki

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