第43話 努力の可愛い

 駅から出た心を待っていたのは青い世界。

 晴天と輝く海が広がるビーチだ。

 その浜辺の近くに建つホテルの一室。

 心と純は荷物を置き、海に向かう支度をしていた。

「すごい部屋だね。雪彦さんに感謝しないと」

 心は防水仕様のポーチに貴重品を入れながら純に話しかける。

 純と心の宿泊する部屋は白を基調にしながらも美しい装飾や上質なインテリアが配置されている。

 綺麗だが、それ以上に落ち着く印象だ。

「そうだな。私もこのホテルの話は聞いたことはあったが、想像以上にいい部屋だ」

 部屋の海側はテラスがあり、海を一望できる。白地の部屋に、青い世界がコントラストになっていた。

 純はガラス越しにテラスの向こうの海を見つめる。

「それに、あまり上の階過ぎないのは兄さんらしい」

 景色を一望できるものの、移動などの利便性を優先させる。これは雪彦なりの配慮だろう。

 心も喜んでいるし、帰宅したら自分からも礼を言わねば。

 兄に思いを馳せる純に恋人から今日の本題が飛んでくる。

「水着はどうする? 着ていく?」

「ホテルには水着で浜に行くための出入口があるし、ここで着替えていこう。心はシャワールームの隣の脱衣所で――」

「ううん、ここで着替えちゃうよ」

 言うが早いか、心は羽織っていた上着脱いでを水着を取り出す。

 心は着ていたシャツにまで手をかけるが、純が慌てて止めに入る。

「ちょっと待て」

「どうしたの? もしかして、ぼくに裸見られるの嫌?」

「そうじゃないんだが……私が見るかもしれないんだぞ?」

「……? ぼくは気にしてないよ。同じ男だし、なにより純さんだし」

 純も信用されていると思えば悪い気はしないのだが、なぜだか心の肌を見るのは背徳感のようなものがある。

 だが、心はそんなことなど露知らず。さっさとシャツを脱いでしまう。

「っ!?」

 純は息を呑む。

 普段外界に晒されない心の素肌は色白でいやらしさはない。

 それよりも目を引くのは、その引き締まった身体つきだ。

 スレンダーでありながら、腹部や胸部は若干筋肉質にも思える。

「ぼくの体、変?」

 純は心の一言で、自分がまじまじと彼の体を見つめてしまっていたことに気がついた。

「変じゃないさ。その、すまない。見つめてしまった」

「気にしてないよ」

「心は体を鍛えてるのか?」

「うん、この体型を維持するためにね」

「心の可愛さは努力の結晶なんだな」

 素直にそう思う。初めて会ったときからずっと心は可憐だ。少女のような体つきは天性のものだろうが、それを維持するために努力をするのは純の想像以上に大変だろう。

「うふふ、そう言ってもらえると今まで頑張ってきた甲斐があるよ」

 見る人を幸せにする笑み。

「私も着替えるか。私は脱衣所で着替えるぞ」

「はーい」

 心だって、いくら恋人とはいえ純に下半身まで見られるのは恥ずかしいだろう。

 着替える心の手が止まっているの見た純なりの配慮だった。

 純のいなくなった部屋で、心は手早く水着に着替える。

 上着を羽織る際に、自分の腕を見た。

 見た目は少女のような細い腕だが、触ってみると肌の下の筋肉が存在を主張してくる。

「まだ、女の子の服……着られるよね……」

 姉たちの真似をして始めた女装とそれを継続するための努力。

「純さん、可愛いって言ってくれた……」

 二人の姉はいつも言ってくれたが、純に褒められるのはまた違った感じだ。

 それが、自分の努力と体を知った上での言葉なら猶更である。

「うれしい」

 今日の「可愛い」は格別だ。

 心は上着を羽織ってから、純が来るまでの間彼の言葉を反芻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る