第40話 雪彦の采配

 静寂で満たされた室内にはおおきな円卓が置かれていた。

 そこに座るのは今守財閥の幹部たち。

 さらにその周囲には複数のモニターから別の関係者たちが顔を覗かせる。

 雪彦が今守家に戻ってきた翌々日。今守財閥では緊急の会議が開かれることになった。

 春田たちが計画していた当主の交代。それは低迷していた今守財閥にとって経営者の交代以上の意味を持っている。

 円卓を見回した雪彦は、落ち着いた態度で挨拶した。

「急な呼び出しにも関わらず集まってくれたことに感謝する。先日の通知通り、今守財閥当主は今守蔵人から今守雪彦へと交代することになった」

 幹部たちにざわめきも動揺もなかった。理由は幾つかある。

 一つは事前の通達。これは雪彦の言う通知ではなく、祖父の権蔵と弟の春田が根回ししていたものである。

 二つめは、当主としての能力不足を理由とした蔵人の退任を求める思惑が幹部たちにあったこと。

 そして三つ目は、かつて将来を嘱望された雪彦が新たな当主となること。

「既に蔵人は退任の意思を示し、後任に私、雪彦を登用することを承諾した。この会議で反対が無ければ、私は正式に新当主としての任に就く」

 雪彦は当主として、振る舞う。

 そうしなければ幹部たちを纏めることなどできない。

 家を離れて舞台に立たなかった雪彦を侮る人物は多いのだから。

「一つよろしいか?」

 手を挙げたのはここ数年でのし上がった男性の幹部だ。

 雪彦は動じず、静かに返す。

「かまわない」

「今守蔵人の経営によって財閥は低迷し、私を含む幾人かの幹部は少なくない損害を被った。その蔵人の補填がされないまま、彼の人選を呑めと言われても到底受け入れられるものではない」

 彼の言い分はもっともだ。雪彦は当然の意見を受け止める。

「その件についてだが、既に損害の補填については計画のたたき台ができている。明日中に報告できる予定だ。また蔵人の処分については純から報告する」

 雪彦の言葉が切れると、純が報告書を読み上げる。

「今守蔵人の処遇について。個人資産の内75%を財閥内にて再分配する。また、今守財閥の当主及び幹部としての全ての権限を剥奪する。今守財閥の運営、経営への一切の関与を終身禁ずる」

 純の報告に幹部たちは騒めき出す。本当にこんな条件を蔵人が呑んだのだろうか。いや、これは雪彦が呑ませたのではなかろうか。

 純の報告は終わらない。

「雪彦の就任にはついて便宜上蔵人の後任という形をとったが、正確には今守春田、今守権蔵、今守純の三名の推薦によるものである。当主就任後の今守雪彦を起因とする損害の補填については雪彦の個人資産並びに推薦者三名の個人資産を第一に充てることとし、経営能力の不信に対する担保へ替える」

 この報告の後、誰も雪彦に意見することはなかった。

 これまで蔵人の無能を知りつつその後ろに隠れ、声を上げることのなかった幹部たちは、雪彦の強引な手法と自分らの進退を賭けた体制に萎縮してしまう。

 雪彦たちが退路を断ったように、幹部らもまた、蔵人の時代のツケを払うときが来たのだ。

「他に無ければこれより、この今守雪彦が当主として就任する」

 無言の数秒。幹部たちのそれは肯定ではなく、忠誠と服従の態度である。

 この日、雪彦は今守家の当主に就任。補助は純と春田が担うことになる。

 総会を終えた後、春田は「家を出てった兄貴の白々しい態度に皆ビビってたな」と雪彦に話しかける。

 雪彦は弟に総会の書類を押しつけた。

「俺は春田の根回しや基盤の方に驚いたがな。こんなにあっさりいくとは思わなかったぞ」

 雪彦の言う通りで、この短期間で根回しを済ませた春田の手腕には純も一目置いている。

 部屋を出て廊下を歩く兄弟たち。

 雪彦はいらぬ苦労を強いられてきた次男にカードを差し出した。

「純。新体制になるとはいえ、計画通りなら最初のメイン部分は俺と春田でやることになってる。親父ももう余計なことはしないだろうし、しばらくバカンスにでも行くといい」

 カードを受け取った純はそこに書かれた文字を見る。有名な観光地のホテル名。

「まさか部屋を用意したのか?」

「爺さんがな。まあ、俺も同意だ。あまり、恋人を待たせ続けるものじゃない。心さんによろしくな」

「ああ。感謝するよ」

 純は素直に好意を受け止める。

 春田と権蔵もいるし、休暇でも問題はないだろう。なによりも今の当主は自分がかつて憧れた兄なのだ。

 今守家と財閥に不安はない。

 純はカードをしまうと、大切な恋人の愛らしい微笑みを思い浮かべた。

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