第39話 素直になって
雪彦の一件を終えた心たちは純の運転する車で自宅へと送ってもらうこととなった。
純が運転席に乗り込むと理貴は後部座席、心は助手席へと座る。
純は二人がシートベルトを着用したタイミングで心に声をかけた。
「自宅まででいいんだな?」
「うん。よろしく」
これまで何度も繰り返してきたやり取りを済ませ、純は緩やかに車を走らせる。
公道に出てしばらくは無言の純だったが、赤信号で停車した際、心に話を切り出した。
「心、済まなかった。最近は身内の問題に巻き込んでばかりだったな」
信号や道路の様子に目を向けたままの純。それでも心に意識を向けているのははっきりとわかる。
「気にしないで。誰だってそれぞれの事情はあるよ」
心の言葉を聞いて理貴が僅かに反応する。純はたまたまバックミラーを覗いたときに彼女の反応が見えてしまったが、気がつかないふりをした。
「……そう言ってくれると助かる」
純の言葉は理貴の感情を代弁していた。実を言えば、彼は理貴の事情をそこまで詳しくは知らない。権蔵と春田が口外しなかったからだ。それでも父や祖父、弟の様子から彼女が「身内の問題」に含まれる人物だと察することはできる。尤も、意図して代弁したわけではないし、純は事情を知らない相手に踏み込めるほど図々しくない。
空気を変えようと話題を続ける。
「いずれ、兄である雪彦を改めて紹介させてほしい」
純は自分の言葉の裏にあるものに気がついてしまった。心に会うための理由がほしいのだ。それが兄であっても。
こんなことを考えるのは、父と兄弟の問題を恋人に見せてしまったことに負い目を感じているからだろう。
情けないと声には出さないで自嘲しつつ、信号が変わってアクセルを踏む頃には意識を切り替える。心を乗せている以上、安全運転が絶対だ。
ただ、どんなに胸の奥に感情をとどめても、心にはばれてしまうもので。
「いいね。お兄さんと純さんのお話とか聞きたいな」
と心には見透かされてしまう。
純がどんなに回りくどく生きても、心はそのアプローチに精一杯気がつこうとする。
純ももう少し、素直になってもいいのかもしれない。
「そうだな。兄と私のことも、それと母のことも、いつか心に話そう。あれで、雪彦は優秀だし、変わったところもある。話のネタには困らないしな」
特に母たちと雪彦の話はしたい。きっと心が真希から聞いたよりも、幸せだったはずの話なのだから。
そんな話をしているうちに佐倉家へと車はたどり着く。
心がシートベルトを外すとき、純は名残惜しいと感じた。
「何日かごたごたするとは思うが、連絡はいつでもしてほしい。私も心と話したい」
「ぼくもだよ。今夜連絡するね」
心は車を降りて純の方を向いた。彼が車で送ってくれたことに対して感謝するよりも先に、純は「ありがとう」と口にする。心は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに「どういたしまして」と返した。
心がドアを閉めるて離れると、車は再び緩やかに発進する。
純は心に見送られながら、これからのことを考えた。
家族のことが落ち着いたら、心との将来を改めて計画するのもいい。旅行とかもしてみたい。
車内から今守邸の屋敷が見える頃、そんなことを思えるくらいには純の感情も解れていた。
せっかく雪彦が帰って来たのだから、もっと素直に心と接していきたい。
それが純の今の気持ちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます