第37話 会社の抱える爆弾

 理貴が心を抱擁している頃、勤め先にいた純は部下から報告を受けていた。

「社長が不在?」

「ええ、そうです。たった今連絡がありまして、なんでもご自宅に戻られると……」

 眉を寄せる純に秘書課の男性は青ざめた表情で告げる。

「いったいどういうことだ? それにどうしてここまで連絡が遅れた?」

「社長が仰るにはご自宅に来客があるので戻られると。連絡については今日から配属の新人が付き添いをしていたのですが、社長は新人にかかりっきりだった教育係の目を盗んで車を出させたようです」

 純の表情が険しくなる。

「新人……秋島さんと言ったかな?」

「そうです。内定を出したのですが、大学を出る前にインターンを兼ねて本日の業務に参加させようと……」

 純の会社では社長が悩みの種であった。純の父であり今守の現当主である彼は問題児であり、普段は秘書課と副社長の純が舵取りをしているのである。

 純が副社長になる前には社長に嫌気がさして退職する社員もいたほどだ。

 それゆえ、入社予定の新人には一度だけ極短時間に限って社長に会う機会が存在する。表向きの理由は社長と新人の面識を持つことで社内の風通しを良くし、親睦を深めるというものだったが、実際には社が抱える爆弾を新人に教えることで社長に関わる今後のトラブルを防ぎ、実態を知ったことで入社後にやっていけなさそうであれば純たちがグループの別企業へ異動の世話をするという予防策のようなものだ。

 今回はその制度が裏目に出てしまったのである。

「この制度は撤廃するべきだな……」

 純は苦虫を嚙み潰したような顔で呟く。

「社長のことを考えればメリットもありましたが対応は考えなければなりません……」

 実際にこの制度自体はそれなりに好評だった。新人に覚悟をさせるという意味でも機能したし、新人にとっても会うのは一度限りの極短時間だけであり、それも教育係が付きっきりである。当然、純は手当などもつけさせていたので新入社員にとっても面倒な仕事くらいの感覚でできたし、無理だと思えばグループ内別企業の異動なども世話してもらえたのでさほど苦情などは出なかった。

 だがこうして問題が起きてしまった以上、一度見直すべき制度なのは間違いない。

 それほどまでに今守当主は手に余る人物だった。

「勝手に新規の契約を結んだり、別の企業に迷惑をかけていないのが唯一の救いか……」

 純は上着と鞄を持って支度を済ませる。すると秘書課の別の男性が部屋に入って来た。

「失礼致します。お車の準備ができました」

「わかった。迷惑をかけてすまない」

 純の言葉に秘書課の男性たちは頭を下げる。

「いえ、わたくしどもの不始末でございます。副社長のお手を煩わせて申し訳ございませんが、どうかよろしくお願いいたします」

「他に何かご入り用のものがございましたら、いつでもご連絡ください」

「ああ、行ってくる。社で問題が起きたら連絡をくれ」

「承知いたしました」

「お気をつけて」

 純は二人に見送られながら車を待たせている発着場まで歩き出す。

 社長は「来客」と言ったが、あの男に好き好んで会いに行く人物などいるとは思えない。自宅に来るのはおそらく彼にとって招かれざる客、といった具合だろう。どこで察知したのか知らないが、現当主である蔵人はこういったことに対して異様にアンテナが広く強い。その能力と執念を経営や日々の業務に回してほしいものだ。

 歩きながら副社長は思考を続ける。 

 はたして招かれざる客とは誰なのか。純の脳内には二人の候補が挙がっていた。


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