第35話 昔乃と今守と理貴
再びの今守邸。
心は使用人に出迎えられ、すぐに春田のいる部屋へ案内された。
ノックをして部屋に入ると春田だけでなく権蔵もおり、それぞれ心に顔を向ける。
「昨日の今日で足を運ばせてすまんな」
「よく来てくれたね」
「僕も知りたいことだから……」
努めて明るく振る舞う春田たちに対して心の表情は浮かない。
それでもここへ来たのだから、今更話を聞かないという選択肢もないのだ。
「まあ、座ってよ。実はココロちんが来るまでじいさんと話してたんだけど……どこから話したもんか悩んでね」
「それで儂らは理貴の出生から説明すべきだと考えた」
「出生?」
心は春田に促されるまま椅子に腰掛ける。
「ああ、ココロちんはお姉さんであるリッキーのことも知りたいだろうし、うちのバカ親父の態度についても説明してほしいだろうから、まずは前者から話そうと」
「? よくわからないから、ハルハルたちが説明しやすい方法でお願いするよ」
春田は一度だけ頷くと真剣な眼差しで心を見つめる。
初めて会ったときとは全く違う表情に、心は身構えた。
「これは兄貴……純や昔乃の真希ちゃんも知らないことなんだけど、リッキーは昔乃の分家で生まれたんだ」
「えっ?」
心は不意に高い声を出してしまった。
春田は心と視線を交わらせながら話を続ける。
「リッキーが生まれたとき、昔乃グループは業績が悪かった。真希ちゃんたちのいる本家はまだしも、末端の企業や分家の人間は苦しい状態が続いていたんだ」
「それで、どうしてお姉ちゃんが……」
「リッキーの両親は彼女を生まれたときにはすでに限界で、育児の余裕なんてなかったらしい。それで、知人である佐倉家の夫婦に預けられた」
目を見開く心。
春田は視線を逸らしかける。
「ぼくの両親?」
「そう。それで椛さんって、長女がいるでしょ? だから次女に……」
「そうなのか……。ん? でもそうだとしたらどうして今守当主はお姉ちゃんにあんな態度を?」
驚愕の事実。
物心ついてからずっと一緒にいたのに知らなった理貴の出自。
だがここで疑問が生じる。
あくまで理貴は昔乃の人間であり、今守の人間ではない。
さらに言えば、現在も昔乃と今守の両家は協力関係であるはずだ。
それなのにどうして現当主である蔵人はあんなにも理貴を目の敵にしているのだろうか。
その答えは春田ではなく権蔵が教えてくれた。
「もっともな疑問じゃ。理貴が成長したとき、彼女は自分が佐倉家の生まれではないことを知った。そして自分の本当の親に会いたがったのじゃ」
佐倉家は理貴のことを昔乃の関係者に連絡する。
理貴の生みの両親もその頃には生活や会社の経営を持ち直しており、再会も容易に思われた。
「じゃが、会えんかった。理貴の両親は会わせる顔がないと言って再会を拒んだ」
「そんな……」
いくらなんでも酷すぎる。
心にはどんな事情があったのかわからないが、自分たちの都合で娘を他人に任せっきりにしたうえに顔も見せないのは考えられなかった。
ましてや娘である理貴本人の希望なのにだ。
「理貴は両親に自分を認めて貰うことで再会しようと試みた。そのために一度昔乃の事業に参加したんじゃが……」
「芳しくなかったんですか?」
「理貴本人は優秀じゃった。それこそ、儂の息子である蔵人を脅かすほどに」
権蔵は当時を振り返りつつ心に語る。
理貴が昔乃グループに参加したとき今守財閥は蔵人が当主だった。
蔵人に権蔵ほどの才は無く。逆に理貴はその才と執念で頭角を現していた。
分家であり一度は別の家の娘になったとはいえ昔乃の血を引く理貴を周囲が無視できなかったこと、当時の昔乃の当主が行き詰まりの打開策やスキャンダルを漏らさせないための口止めとしての観点から彼女を採用したことなど、要因は幾つもあった。
結果として、彼女が打ち出した幾つもの企画や事業は昔乃グループを今守と対等な関係に戻せるほどの実績を打ち出す。
だがその過程では、協力関係にあった昔乃グループと今守財閥が競合し、あまつさえ昔乃側が援助していたはずの今守を出し抜くことも度々あった。
「それが親父には気に食わなかったんだよ。今守に助けて貰った恩を仇で返しやがってって……」
春田の話を聞いて権蔵は深く息を吐く。
「気持ちはわからんでもないが、儂らも昔乃の利益を妨げたことはある。何より、当時の問題はせがれ自身の能力不足も大きかった。理貴のことを知った蔵人は当時のことを根に持って今でも目の敵にしておるんじゃ」
「ガキかよ……自分を省みろってんだ」
春田は静かに吐き捨てた。
少し間を置いて心は尋ねる。
「今守当主がお姉ちゃんを恨んでいる理由はわかりました。それで、お姉ちゃんは両親に会えたんですか?」
権蔵は目を閉じて首を横に振る。
「当時の昔乃当主。真希の父親は今守との関係悪化を恐れて理貴をグループから遠ざけた。そのせいで彼女は両親と再会する機会を失ったんじゃ」
「っ!?」
もしも真希が当主だったら例え理貴の両親が嫌がっても彼女は再会させただろう。
だがそのときの真希は当主でもなければこの事実を知らされてさえいなかった。
「後から事情を知った儂と春田は理貴にコンタクトを取った。それが儂らの関係の始まりじゃ」
そこまで聞いたとき、部屋のドアがノックもせずに開けられる。
息を荒げながら姿を見せたのは理貴だった。
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