第34話 もう一度今守邸へ

 心が今守家に訪れた翌朝のこと。

 寝起きの心に春田からメッセージが届いた。

『今日、時間があれば会いたい』

 春田からのメッセージを見て心は一気に目が覚める。

 このタイミングでこのメッセージ。間違いなく昨日の件だろう。

 心に断る理由もなかった。

「望むところ」

 どこかで理貴の過去を知ってしまうことに恐れを抱く心は、自分に言い聞かせるように呟いた。

 昨晩は理貴ともろくに口をきけず、事情を察した椛に気遣ってもらいながら一日を終えたのだ。

 今守当主のことも気になるが、心はそれ以上に理貴のことが気がかりだ。

 どうすればいいのか。自分に何ができるのか心は知りたかった。

 返答のメッセージを送るとすぐに迎えの車を送るという旨の連絡が来る。

 心は支度を済ませると理貴の部屋の前まで赴き、一声かけた。

「お姉ちゃん。ぼく、出かけてくるよ」

 陰鬱な静けさが浮き彫りになるなか、心はドアに背を向ける。

 そのとき、「気を付けてね……」と擦れて消え入りそうな声が聞こえた。

「うん」

 心は短く返事をして玄関へ向かう。

「あら、お出かけ? にしては表情がくらいわね」

 途中で椛に話しかけられるが心は返事に困ってしまう。

 椛はそれだけでおおよその背景を推測できた。

「今守くんと理貴のこと?」

「……そうだよ」

 嘘を吐く意味もなければ通用もしない。心は正直に答えた。

 椛は唇を尖らせる。彼女にしては珍しい表情だ。

 それでも数秒もしないうちにいつも通りの優し気な表情に戻り、弟に言葉を送る。

「いってらっしゃい」

「行ってきます」

 心は彼女の「いってらっしゃい」に込められた想いを汲み取る。

 椛は背中を押してくれたのだ。

 玄関を出て息を深く吸い込む。

 一度目を閉じてから青い空を見上げると、ほどなくして春田がよこした迎えがやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る