第32話 出会うべくして
今守邸でゲームを始めた四人。
最初こそ緊張していた心だが、理貴の存在や春田の態度、権蔵の気遣いなどもあって次第に打ち解ける。
楽しい時間が流れ、昼を前にしたときのこと。
「ハルハル、お手洗い借りてもいいかな?」
「おう、部屋出て右に真っ直ぐ行った階段の近くにあるぞ」
「ありがとう」
コントローラーを置いた心は立ち上がると、とてとてと歩いて部屋を出た。
今守邸の廊下は広く、大きな窓があるために解放感を感じる造りとなっている。白を基調とした配色は清潔感があり、飾られた品などを引き立てる役割も担っていた。
心は尿意を感じながらも廊下を見渡すようにして階段まで移動する。
それほど遠くない位置にあったトイレまで一直線に向かうと、不意にドアが開いた。
「あれっ? 純さん?」
「ん、心か?」
トイレから出てきたのは純だ。
心は予期せぬ遭遇に戸惑うものの考えてみれば不思議なことではない。そもそもここは今守邸であり、純にとっては実家なのだ。
「どうしてここに? もしかして、春田の言っていた友人は心なのか?」
「純さんが何の話をしているのかわからないけど、ハルハルに呼んで貰ったのは事実だよ」
「ハルハル……?」
自分の弟がそんな風に呼ばれていることを初めて知った純。
だが心はそれに応じるよりも先にすべきことがあった。
「ごめん、純さんっ。ぼく、おトイレっ」
尿意が限界に近づいてくるのを感じた心はトイレに駆け込む。
「あ、ああすまんな」
純はその様子に少し気圧されながらも引き留めるようなことはしない。
トイレのドアが閉まるのを見届けた純はその場から少し離れた場所で待つことにした。
「お待たせ」
ハンカチで手を拭きながら心が出てくる。
すっきりした様子の彼は、ここに至るまでの経緯を純に説明した。
「そうか、それで心はここに来たのか」
「うん、でも純さんに会うとは思わなかったよ。ハルハルが純さんの弟だなんて知らなかったし」
眉を曲げてさっきの衝撃を振り返る心。
純はそんな彼の表情を見て微笑ましくなる。
「私もだ。心が春田と友人だなんて思いもしなかったな」
最初こそ想定外の出来事に困惑したものの、大好きな人と会えたことは嬉しい。
そんなことを想う純の手を心が握る。
「そうだ。純さんも一緒に遊ぼうよ」
「えっ、いや……私は……」
咄嗟に「遠慮しておく」と言いそうになる純だが、それより先に心が反応する。
「もしかして、忙しいの?」
残念そうな顔をする心を見ると、純も悲しくなる。
「いや、大丈夫だ。いこう」
「ホントに? ありがとう純さんっ」
喜ぶ心を見て癒される純。
父の仕事ぶりが不安で家に残っていた純だが、会社からは連絡も来ないし杞憂だろう。
そもそも本来は休日なのだからちょっと心と過ごすくらい何の問題もない。
心は純の手を引いて春田の部屋に向かう。走ったりこそはしないが、その顔は散歩にはしゃぐ子犬のようになっている。
表情そのままに彼は春田の部屋のドアを開けた。
「おまたせハルハル」
「おうおかえっ……えっ?」
返事をしながら顔を向けた春田は突然の兄乱入に口を開ける。
「ああ、少し邪魔するぞ」
「家にいるのは知ってたけど、なんで兄貴が来たんだ?」
春田は純ではなく心に尋ねる。
だがそれに反応したのは理貴だった。
「あれ、話してなかったの?」
彼女が言うのはもちろん心と純の交際についてだ。
「そういえばそうだね」
「プライベートの事だしな」
「????」
状況が飲み込めない春田に兄が説明する。
「春田、今まで黙っていたが私と心は交際している」
「兄貴もココロちんの友人だったの?」
「いや、恋人だ」
「!?」
春田は目を丸くしていた。
「あ、兄貴に恋人? 兄貴が、恋を……?」
その場にいる誰もが予想しなかった方向に驚く春田。普段の純は弟からどのように見られていたのだろうか。
「まあ、詳しい経緯はまたの機会だな」
ここで話すには少し時間がかかるし、何より出会いのきっかけが御家事情なので純も権蔵の前では少し話しづらかった。
「……兄貴」
「ん?」
「幸せにな」
「ああ、ありがとう」
素直なやり取りをする兄弟。
それを見守る祖父もそろそろ口を挟む。
「なんじゃ、純が色気づいたと思ったら恋人ができておったんか。それがココロちんとは今日という日に運命を感じるのう」
弟も気がつかなかったような変化も、祖父である権蔵にはお見通し。
縁談の経緯などを考えれば先代当主である権蔵は怒るかと思ったが、彼は孫や友人たちの幸せを祝福する。
そもそも大人が引き起こして悪化させた問題を子どもに押しつけることで解決したように見せる純の縁談は、権蔵にとっても不本意だった。
「ほれ、純もそこに立ってないでこのゲームに参加してくれ」
権蔵に誘われて純もコントローラーを握って座る。
心はごく自然にその隣に座った。
家族が自分の交際や心という少年を当たり前のように受け入れてくれたことが純には嬉しかった。
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