第29話 岐路

 春田と心が遊ぼうと約束した日の朝。

 今守の屋敷では純が休日の使い方を考えていた。

 本当は心と会いたかったのだが、肝心の相手に先約がいるのでそれも叶わない。

 廊下を歩きながら、今日は書店にでも行って読書に時間を割くのもいいだろうと考える。

 そこへ弟が声をかけてきた。

「あれ? 兄貴は休みなの? 連休の初日なのに?」

 声のした方向に目を向けると不思議そうな顔の春田と視線が合った。

「ああ、ここのところは忙しくて休みも不定期だったが、今月から落ち着く見込みだ」

「ほえ~、兄貴がいなくてもあの会社は大丈夫なの?」

「さすがにそこまでの危険はないだろう」

 純は今守財閥の傘下にある企業で副社長をしているのだが、社員や関係者には社長よりも頼りにされている。

 堂々と休みをとったつもりだったが、弟に言われると心配になる純。

 それに対して切り出した春田は他人事のような口調を変えない。

「親父が社長をやる条件が兄貴を副社長にするって、親父はどんだけ爺さんからの信頼がないのか……いや、兄貴が信頼されているのかな?」

 今守家の現当主は雪彦と純と春田の父にあたる人物だが、周囲からの評価は決して高くない。

 それは能力的な問題もそうだが、それ以上に人間性にも問題があった。

 能力のコンプレックスからくるものなのか、他人を見下す態度をとったり、場当たり的な経営をしたり、自分の都合や感情、利益ばかりを優先する節がある。

 先代当主であった純たちの祖父は息子である彼の教育を誤ったと反省するも、その頃には当主もある程度の年齢になっていたので先代の言うことに聞く耳をもたなかった。

 本来なら当主を務めた者として現当主の在り方を諌めなければならないのだが、先代は親としての感情や自身の教育の負い目などもあってどうしても冷徹な判断を下せずにいる。

 そんな先代の妥協点が、能力、人格ともに信頼する孫の純を監視としてつけることだった。

「まあ、今までだってこんな休みはあったんだし、大丈夫だろう」

「そうだね。それに、ホントに問題が起きたら親父じゃなくて秘書とかが兄貴に連絡するから手遅れはないか」

 これまでの経緯から不安な思いを呼び起こした純はどうにかそれをかき消そうとするのだが、春田はとんでもないことを口にする。

 実際に働いているわけでもないのに春田の言うことはやけに現実的だ。

 だが、春田は渋い顔をする純のことなど気にもせず話題を変える。

「あ、そうそう。今日は俺の友人が来るんだけど、兄貴も一緒に遊ばない?」

「……遠慮しておく。私はあまりゲームが得意ではないんだ」

「それは残念。友人たちとは午前中から遊ぶ予定だから気が向いたら俺の部屋に来てね」

 言いたいことを言い終えた春田は自分の部屋がある方向へと去って行く。

「春田の友人?」

 誰もいない廊下で思わず口にした言葉。

 そういえば純は春田の友人を知らない。

 知らない相手とゲームをする気にはならないが、春田の友人がどんな人物なのか興味はある。

「少し様子を見てから外出するか」

 そう呟いて純も自分の部屋へと戻り始めた。

 ただ弟の友人たちが気になっただけ。決して会社が不安だから不測の事態に備えて午前中は屋敷で待機するだとか、春田との会話で生まれたこの胸の重りを取り除くために他のことに気を紛らせたいといった意図ではない。

 純は頭の中でそんな言い訳をした。

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