第25話 このデートが終わっても
心と純のデートは日暮れと共に終わりを迎えた。
時間の経過によって日差しは和らいだものの、暖められた街は未だに熱を失っていない。
それは二人が纏う空気も同じだった。
デートの最後は徒歩で帰宅。純が心を家まで送り届けるのだ。
「もうすぐお別れだね」
街頭に照らされる心の顔は残念そうなのに、彼の瞳の光を見れば一日の熱が冷め切っていないのだとわかる。
「そうだな。惜しい気もするが、これが最後ってわけじゃない。気持ちよくデートを終えられれば次のデートも楽しめるさ」
そう言う純の表情も心無しか残念そうだ。
二人の歩みは通常時よりも遅い。それは一日中動き回って疲弊しているとかデートの終了で気分が重いという理由ではなく、単純に少しでも長く一緒に居たいからだ。
その証拠に、二人の胸の内には食事やキスの余韻が残っている。
「次のデートは真希さんに選んでもらった服を着てくるよ」
心は笑顔を見せてくれる。彼の笑顔を見たら純も自然と表情が優しくなった。
「それは今から楽しみだな」
「いっぱい買って貰ったから、リクエストがあれば言ってね」
「……考えておく」
純は少し悩んでから答えた。本当は「心なら何を着ても似合う」と言うつもりだったのだが、自分に服を選んで欲しいと言う彼の願いを無視することはできない。
純にとって心の服を選ぶということは人生における重要な機会であり、それ故責任重大であった。センスを問われる上に下手をすれば心に恥をかかせてしまうのだ。
「純さん、そんなに真剣な顔しないで気楽に選んでね?」
「ああ」
住宅から漏れる光に照らされた純の顔は仕事のとき以上に険しい。
次に会える日を待ち侘びながら歩く二人の目に曲がり角が映った。
「あの角を曲がったら、家に着いちゃうね」
もう何分もしないうちに心の自宅までたどり着いてしまう。ゆっくりとは言え歩いていたのだからいつかは目的地に着くのだが、やはり寂しいものは寂しい。
心はデートの余韻と寂しさが混ざって不完全燃焼のような気持ちになってしまう。
せっかくのデートなのに終わりがこんな気分なのは嫌だった。
「純さん、手を繋ごうっ」
言うが早いか心は片手を差し出す。純は表情を僅かに変化させてから彼の手を握った。
「僕の手、ちょっと汗かいてるかも」
握られて緊張したのか、言葉通り心の手はしっとりとしていた。
細く綺麗な指としっとりとして滑らかな掌の感触が純に伝わる。
不思議な想いが胸に湧き上がったものの、純は今の気持ちを言葉にできなかった。
「ぼくたちさ、これまで連絡どころか食事もキスもしてたのに、あんまり手を繋いで歩いたりしなかったね」
「二人で過ごす機会もそこまで多くなかったな。私の都合ばかり優先して心には悪いと思っている」
もう心の自宅が見えている。あと数歩で到着してしまう位置だ。
「ううん。ぼくは大丈夫だよ。純さんが忙しい人だって知ってからも好きでいるんだし」
微かな沈黙が流れ、家の前に到着する。ここで二人はお別れだ。
心は緩やかな動きで名残惜しそうに手を離す。
「でもね。純さん……」
手が離れてから一歩下がり、心は胸に手を当てた。
「今晩……寝る前にでも、ぼくは純さんとお話したい……」
純は咄嗟に言葉が出なかった。心からのこういったアプローチは珍しいので反応できなかったのだ。
これまでを振り返れば出会いは心からでも、交際のきっかけから真希と会わせた事や今日のデートの日取りまで多くは純の都合や気持ちが先に出ていて、心はそれに合わせてくれている。
無言の純を見て、心は拒否されたと思ったらしく顔を背けてしまう。
「ごめん、明日もお仕事なんでしょ? やっぱり忙しいよね」
心は背中を向けて玄関へと歩き出した。その後ろ姿を見て、純は先程言葉にできなかった感情の正体を突き止める。
だが、それについて考察するよりも先に身体が動いた。
「心っ」
純に呼ばれた心が振り向いた。その無防備な恋人に、純はキスをする。
心に不意打ちでされた時のように、一瞬だけ唇を触れさせるだけのキス。
たったそれだけで、心は目を丸くしていた。
「心が連絡してくれるのを待ってる。今日だけじゃない。心がしたいと思った時に、いつでも連絡してほしい」
焦り気味に伝える純。
心はしばし呼吸を忘れていた。ハッとした彼は純に答える。
「する。するよっ」
心は少し慌てた様子でそう言った。彼の顔を見て、純は改めて心を好きなのだと思う。
純は、自分に会う時におめかししてくれる彼を、自分の立場をわかってくれる少年を、自分と話がしたいと言ってくれる恋人を、自分を好きでい続けてくれる心を大切にすると決意する。
今日は珍しい日だ。映画の要望、食事でのあ〜んや、不意打ちのキスに寝る前の会話までねだったりと、今日の心は積極的だった。
ここまできて純はようやく理解できる。心は純が思っている以上に寂しかったのだと。無意識だろうが、心からのアプローチはこれまでの寂しさを埋めるための行動でもあったのかもしれない。純にとって、今日のデートは心との付き合い方を見直す機会となったのだ。
純は最後に心を抱きしめた。心に寂しい想いをさせてきたお詫びも兼ねての抱擁だったが、心を抱きしめたことで純は自分の胸の内も満たされたことを感じる。
寂しさを認めた二人は、密着した胸の鼓動が揃うまで抱き合っていた。
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