第3章 幸せな時間

第23話 デートしようか

 心が真希の過去を知ってから数日後のこと。

 心に一通のメッセージが届く。

『縁談関係の問題は片付いた。これからはいつも通りに連絡してほしい』

 送り主は純だ。平日の夕方、自室にいた心はそのメッセージにホッとすると共に内心大喜びする。

「ふふっ」

 小声で笑いながらベッドに身を投げて喜びを表現する。身軽な心を受け止めたベッドは低反発の底力を垣間見せて柔らかく彼を受け止める。

 ベッドの上で綺麗な素足をジタバタと動かす心は尻尾を振る子犬のようだった。

『わかったよ純さん。今度会おうね。予定が空いたら教えてほしいな』

 とりあえず返答。ここ最近めっきり会えなかったし、連絡も少なかったのだ。純から連絡が来た嬉しさと縁談のゴタゴタが片付いた安堵で、心自身色々と言いたいことはあったが、何よりも今は彼に会いたい。

 暖かな陽気に包まれた部屋の中で、心は純と過ごす時間に想いを馳せる。

「そうだ。何着ていこう」

 まだ会うとも、空いてる日程さえも聞いていないのにその気になってしまう心は、クローゼットを開けて衣類のチェックする。

 心の衣服は多種多様だ。男性用女性用、ラフなものからカジュアル、さらにはドレスコードにだって対応できるような服もある。

 特に先日の買い物で真希が買ってくれた大量の服は選ぶのに苦労するほどの種類があった。

「せっかくだし買ってもらった服で会おうかな」

 値段の桁が多いワンピースや肌触りのいいブラウス。ケープのような外套やブローチのような小物まであった。

「とりあえず着てみよう」

 心は一番近くにあった服を手に取る。彼の頭はまだ予定さえ立てていないデートのことでいっぱいだった。

 薄暮の迫る住宅街、徐々に薄暗くなっていく部屋で灯りをつける。遠足の準備に勤しむ子どものように、心の楽しい時間は過ぎていった。


 心が無邪気に気の早すぎる服選びをしている頃、メッセージの送信者である純は恋人からの返信に震えていた。

 彼の手元にある端末は心から届いたメッセージを表示している。

 彼からすれば近況報告を兼ねた何気ない連絡だったが、心からの返信は純の想像を上回るものだった。

「心の方から誘ってくれるとは……」

 普段は無口な方の純だが、これには思わず独り言を呟いてしまう。

 思い返せば、心に出会ってからほとんどは純から心を誘っていた。出会いのきっかけであるハンカチの一件は心だが、それ以降の食事などは純が誘うケースが多い。

 心から純を誘うということが珍しいのだ。

 だが、最近ではその純から誘うということさえ難しく。縁談絡みの問題と仕事が重なってしまい、時間を取れないことも多くあった。

 そんな日々の中で純が心と会えた先日も、真希に言われて心を試すような真似をしてしまった。真希も純のことを心配してのことだったとわかるので彼女を悪く思ってはいない。

 経過を聞けば、真希の誤解も解けて心と仲良くなれたらしいので結果としては良かったが、それを聞くまで純は心に申し訳ないことをしてしまったと気にしていた。

 そんな純だから心と会えるこの機会をなんとしても活かしたかった。

 彼はスケジュールを確認すると休みをピックアップしていく。

 多忙な純だが仕事とプライベートの双方が問題を抱えるような状況のピークはもう過ぎた。これからはゆとりもある。

『私の直近の休暇は今週末だ。心が良ければそこで会おう』

 純は緊張しながらメッセージを送信する。

 仕事でもここまで緊張しながら短文を送ることはほとんどない。

 送信後、純は時間が止まったような気がして時計を見る。しかし、秒針は純の知っている一秒を刻むばかりで止まってなどいない。

 落ち着きのない純の手元で端末が震えると、心からの返信が表示される。

『ぼくはいつでも大丈夫だよ。純さんに会えるの楽しみにしてるね!』

 この短い文章を見た純は思わず椅子から立ち上がってしまった。

 まだ詳細な予定は決めていないが、今から週末が待ち遠しい。

 純も様々な人間と関わってきたが、今の純にとって心ほど会うのが楽しみな男子はいない。

 彼はさっきとは違う理由でソワソワし始め、自分の手帳を見る。

 そこにはこれまで心との話題に上がったことや場所などが記載されていた。いつかやりたいことのメモである。

「何をしようか」

 会ったら話したいことや、一緒にしたいことが多くて決められない。心の意見も尊重したいのでやはりここは後日詳細を決めるしかないだろう。

 純は普段と外見だけは変わらず、内心では心の反応に歓喜していた。

 彼は一旦落ち着こうとシャワーを浴びるために自室を出る。

 心と純。お互いに相手の状況を知らないまま相手を想って喜ぶ二人は週末を待ち侘びながら夜を過ごした。

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