第21話 嫉妬の清算

 緩やかな速度で走る車。静かな車内からは夜の街並みが見てとれる。

 真希が昔話をした後、二人は少しだけ会話をして店を出た。

「今日はありがとう。それと……変な話ししちゃってごめんね」

 ドライバーに運転を任せ後部座席に座る真希。彼女は苦笑いで同じ後部座席にいる心に話しかける。

 なんだかスッキリしない。窓から差し込む街灯の光がぼんやりと真希の手を照らしていく。少し真剣な面持ちで声を出す。

「実はね。私、心くんに嫉妬してた。それで……あんな話しちゃった……本当にごめんなさい」

 真希は心に嫌われる覚悟だった。今日は仲良くなれるチャンスだったが、一方的に自分の感情をぶつけるだけの関係では良くないと真希は思う。

 それに対して心は困惑した表情で答えた。

「それを言うならぼくだって少しだけ嫉妬してました。ぼくの知らない思い出とか、純さんに優しくしてもらったこととか話されて……羨ましいって思いましたもん」

 心は「それに」と続ける。

「お礼を言うのだってぼくの方ですよ。ぼくに色んな事を話してくれたのは、真希さんが信頼してくれたからですよね。ぼくはそれがうれしかったんです」

「う〜ん、そんなに素直に返されるとなぁ。やっぱり私からありがとうだよ」

 苦笑いから穏やかな笑顔になる。

「真希さん、今日は真希さんのお話を聞かせてもらったんで、今度あったらぼくの事をお話ししますね」

 暗い車内では心の表情がどんなものか詳しくはわからない。それでも真希は心から柔らかく温かいものを感じ取る。

「うん、楽しみにしてるね」

 真希はこの感情の出処がなんとなくわかった。それは彼に自分の過去やかつて抱いた純への恋心を打ち明けたときに感じたものと同じだったからだ。

 真希は心を、心は真希を互いに信頼している。正しくは、今信頼できるようになったのだろう。

 昔話のきっかけは嫉妬だったのかも知れない。大人気ない限りだと自分を恥じる。でも話したことで心との距離は縮まった。少なくとも心の態度は真希にそう思わせてくれる。

 真希は今日1日で大分心に気を許した。

 もしもできるのなら、このまま関係を続けたい。そう思うほどに。

「真希さん。これからもぼくと仲良くしてくれたら嬉しいです」

 心の言葉に真希は不意をつかれる。

 本当は自分から心に「友人になって欲しい」と言おうと思っていたからだ。

「私も、心くんと仲良くしたい」

 そう答えて二人は静かに笑い合う。

「心様、ご自宅の傍に着きました」

 笑顔を見せ合う二人に運転手の声が届く。気がつくと心の自宅まで少しの位置に来ていた。心は車から降りる際、「次会うときは、今日買って貰った服を着ていきますね」と真希に言った。

「純にも見せてあげてね」

 真希がそう返すと心は「そうします」と笑いながら手を振って別れを告げる。

 ずっと自分がいては帰りにくいだろうと車を走らせる真希は、車内で今日の事を反芻していく。

 心に対する自分の意識はまったく違うものになった。最初は怪しんでいた。次に嫉妬した。でも実際に会ってから真希の根底にある想いは仲良くなりたいというものだ。

 思い起こせば、昔話なんてしたのは嫉妬だけではなかったのかも知れない。奥にある感情を探れば、純をとられるなんて考えではなく「自分を仲間外れにしてほしくない」というもっと単純な想いから来たものだ。

 もしかしたら、自分は心に認めて欲しかったのかも。

 心の優しさに触れたことで、真希は素直にそう感じた。

 心を送ったとき同様、車は静かな走行で家路に着く。

 真希が帰宅するまで、窓から見える灯りが彼女を照らし続けた。

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