第17話 純から真希に

 純はまず心に、真希の説明を始めた。

「彼女は昔乃真希。昔乃グループの御令嬢だ。そして、前に話した私の縁談の相手でもある」

 純は淡々と説明する。

 心は改めて真希を見た。

 真希は女性用のスーツを着用、黒いセミショートヘアで優しい表情ながらも、どことなく凛とした雰囲気を感じさせる。

「やあ、はじめましてだね。心くん。純から話は聞いてるよ。もし会えたら、仲良くしたいって思ってたんだ。私のことは気軽に真希って呼んでね」

 心は突然のことに混乱し続けた。

「すまない心。今更だが、今日の目的の一つは真希に会ってもらうことだったんだ。私のことを話すにはその方がスムーズだと考えてな。ただ、前もって説明してなかったことは申し訳ないと思っている」

 心は純から改めて説明を受けることになった。

「前に話した縁談を破談にしたという件なんだが、あれは私と真希の二人で計画したことなんだ」

 純の説明によると、今守財閥と昔乃グループは共に行き詰まりのような状態にあった。今守・昔乃双方(純と真希の親たち)の利害が一致した結果、純と真希を政略結婚に使おうとしたらしい。

 しかし、純と真希は結婚に反対し、縁談を破談へと持ち込んだ。純と真希は幼馴染みで仲が良いとはいえ、お互いを恋愛対象としては見ていなかった。

 また、財閥やグループの行き詰まり自体が親たちの招いた事態であるのに、その尻拭いに自分たちの人生を使われることにも良い気がしなかった。

「まあ、財閥内でもかなり揉めたが、その結果、私たちの関係を守れた。何より心にも会えた」

 やや笑みを浮かべる純。

 真希も会話に加わる。

「そうそう。財閥で揉めてるって聞いたから純に連絡したら様子が変でね。問いただしたら、年下の同性を好きになった、って言い出したからどうしたのかと思ったよ」

 そんなことを言いながらも真希は真剣な表情へと変わる。

「まあ、純に変な虫がついてたら追い返してやろうと思ってたけど、あんまりにも純が真剣だから、私も心くんに興味が沸いたってわけ」

 それに、と付け加える。

 「この部屋も私が用意したんだ。純の部屋を見てがっかりして帰ろうとするようなら、金銭とかが目当ての可能性もあると思ってたんだけど、その心配はいらなかったみたいだね。逆に失礼だったかも」

 真希は心に「ゴメンね」と謝った。言い終わる頃には真希の表情は柔和な笑みへと戻る。

「真希と私の関係についてはこんなところだ。真希の件に区切りがついたから、私の話もしたい」

 純は心の目を見つめた。隣の真希は黙って純たちを見守る。

 「それと、今日の件について、心には悪いと思っている。本当は、真希がこういったことを計画していたのなら、私が止めなければならなかった。それでもやってしまったのは、真希を信頼しているだけでなく、心を疑っていたのかもしれない」

 純の言葉の裏に隠れた気持ちが、心にはわかった。[嫌いにならないで]だ。純は心を疑っていたのではなく、心ならなんの問題もないことを証明できると信じていたのだろう。

 さっきの真希の口調からすると、純が真希を説得するための意味もあったはずだ。

 それでも純は心を試したことで嫌われると思ったのだろう。

「純さん。ぼくは……純さんがぼくを部屋に上げてくれるくらい信用してくれたことを嬉しく思ってるよ。むしろぼくのことで純さんが気を病むようになったら悲しい。それに、ぼくは純さんが、普通のサラリーマンでも好きになった自信があるよ」

 かつて純がハートを射抜かれたときと同じ笑顔を心は向ける。

 純は肩の力が抜けたようになり「よかった」と小さくもらした。

「人前でも気にせず愛を確かめあおうとするあたりに、付き合いたての初々しいバカップルを感じるね」

 蚊帳の外にされた真希が口を挟む。

 一連のやり取りで純は安心したが、心にとっての本題はここからだった。

「心、前にも言ったが、私たちが破談にした件は後始末があった。その最後の仕上げに取り掛かる。少し時間がかかるかも知れない」

「うん」

「その間、あまり会えなかったり、連絡できないかも知れない。すまないが何かあったら真希の方を頼ってほしい」

 心が真希に視線を向けると、真希も笑顔で返した。

「純には、私の方のごたごたを手伝ってもらうからね。遠慮無く頼ってね」

「よ、よろしくお願いします」

 純に会えないと聞いて心は少し寂しいような気がした。

 それでも真希が笑顔で答えてくれたので、真希とも仲良くなれるチャンスだと心は前向きにとらえることにした。

 まだ昼下がり、陽は高いが夜は必ずやってくる。

 今は暖かくとも夜は寒いかもしれない。

 心は不意にそう思った。

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