第16話 純の住居

 純の家は心の自宅からかなり近かった。

「過度な期待はしないでくれ」

 運転しながら純は言った。

 心の自宅から少し離れた住宅街に純の家はあった。正確には、純が部屋を借りているアパートがあった。車から先に降りたのは心だった。後から降りた純は背中を向けている心に話しかける。

「最近ここに引っ越してきたんだ。もしかして、がっかりしたか?豪邸や高層マンションをイメージしていたのなら……」

 純が少し不安そうになる。

 しかし、心は振り返り笑顔を見せる。

「がっかり?どうして?こんなにぼくの家から近いなら、いつでも会いに行けるんだよ?」

 心はウキウキした様子で話し出す。

 それを見た純はホッと、肩の力が抜ける。

「心が普段とは違う格好をしていたから、私の家に過度な期待を寄せていたのかと思ってしまってな」

 心はそれを聞くや否や焦ったように

「誰だって好きな人の家に初めて行くときくらいはオシャレするもんです!」

 心の言葉を聞いた純も、そういえば自分もいつもと違う格好をしていることに気がつき、自然と笑みがこぼれた。

 部屋に入る前から、心を招いてよかったと思う純だったが、当然部屋にも心を入れる。

「おじゃましま〜す」

 少し緊張しながらブーツを脱ぐ心に純は目をうばわれる。

 純が借りている部屋は一人用にしては広い。二、三人用の部屋のようだ。居間に入ると純が折りたたみテーブルを持ち出した。

「お茶をもってくる」

「あっ、おかまいなく」

 純が台所でガサゴソと物音をたてている間に心は部屋の中を見渡す。

 最近引っ越して来たらしいが、物があまりない。心が純に抱くイメージらしいと言えばそうだが、純が普段この部屋でどのように過ごしているのか想像しにくかった。

 そして心はあることに気がつく。そういえば、自分は純のことをそれほど知らない。結構な回数にわたり会っているはずだが、純の好物や趣味などちょっとしたことも知らない。いつも純が心に合わせてくれるのだ(純がそれを望んでいるのも多分にある)。

 慎と交際していたときのことを思い出した心は、距離感を見誤らないようにしながらも純のことを少しは知りたいと感じ始めた。

 心が悶々と考え始めたあたりで、純が紅茶を持ってきた。

「それで、今日話そうと思った私のことなんだが……」

 心はハッとした。そもそも今日は純のことを知るために来たのだ。純のことは焦らずゆっくり知っていけばいい。そう思うと同時に自分が浮かれていたことを心は自覚した。

「実は心にあってほしい人がいて、もうすぐ来ると思うんだが」

 ちょうどそのとき、チャイムが来客を告げた。純よりも心がソワソワしてしまう。

 玄関に向かった純が連れてきたのは女性だった。

「心、彼女は昔乃真希むかしのまき。私の幼なじみだ。今日の話は彼女も交えてしたい」

 純はいつもと変わらない口調でそう言った。

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